テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
第29話:世界樹、再び目を覚ます
都市樹――それは**世界樹(せかいじゅ)**と呼ばれたことがあった。
だが、いつしかその名は記録から消え、
操作される器官のように、“命令の器”と化していった。
命令歌が響かず、コードも遮断され、
都市はただの“機構”になっていた。
けれど今、そこに――変化が起きようとしていた。
世界樹の最上層。
かつて誰も登ったことのない、封枝冠域(ふうしかんいき)。
そこに降り立ったのは、シエナだった。
ミント色の羽は陽のない光に淡く染まり、
透明な尾羽は、空気の粒子をとらえて細かく揺れていた。
肩のウタコクシは、風の強さに羽を閉じながらも、
微かに――心臓のような律動を感じ取っていた。
世界樹の冠には、巨大な“枝核”があった。
かつて棲歌の原型が生まれたとされる場所。
そこにはもう誰も命令を送らない。
音も記録も届かない、沈黙の空洞。
だが、そこに立ったとき――
世界樹が、ゆっくりと“呼吸を始めた”。
根の奥から、幹の中を通り、
枝先まで届く振動。
それは都市が自ら奏でる律。
命令ではない、世界樹自身の“棲む音”。
「……これは、“誰にも使われなかった音”じゃない。
“もともとここにあった音”だ」
そう言ったのは、後から冠域に追いついたルフォだった。
彼の金色の羽根は、風にまかせてやや乱れていたが、
その瞳はかつてないほど、静かで澄んでいた。
彼の尾羽が、自発的に光を反射する。
それに応じるように、枝核がやわらかく震える。
シエナが、そっと尾脂腺から香りを送る。
それは「わたしは、ここにいる」という確信の香り。
柔らかな苔と、熟した実の皮、ほんのわずかに花の名残を含んだ匂い。
その瞬間――
世界樹が“音”を返した。
それは歌ではない。
命令でもない。
だが、確かに“在り方”としての呼応だった。
根が熱を帯び、
葉が音を拾い、
枝が揺れる。
まるで**“目覚める”かのように**、世界樹全体が呼吸を始めた。
命令しない棲み方。
歌わない意思。
記録しない都市。
それらすべてが、この瞬間に繋がっていた。
世界樹は、もう命令を待っていなかった。
代わりに、“棲む者の存在”に応じて動く新たな器官へと変わりつつあった。