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🍽 みりん亭 第4話「鳥のメニュー帳」
「……ん? なにこれ、バグ?」
みりん亭のカウンター席に座ったのは、パーカーにキャップ姿の少女アバターだった。
キャップは後ろ向き、服の袖は指が隠れるほど長く、
髪は明るめの茶色で短くまとめられている。
表情はつまらなそうで、何かに興味を失っているような目をしていた。
「ようこそ、みりん亭へ」
くもいさんが、いつも通り静かに出迎える。
彼女は濃い灰の和装をきちんと着こなし、前髪を右に流して後ろで束ねていた。
化粧はしていないが、微笑だけで場が和らぐ、そんな空気を持っている。
少女はカウンターに肘をついたまま、ホログラムメニューを指差す。
「ねぇ、これ、どういう料理? “途中で泣きたくなったうどん”ってさ」
やまひろは、奥の棚の上からそっと見ていた。
鳥の姿の彼は、今日もふわふわと浮かびながら、エラーログを確認する。
メニュー表示エラー:データ参照ID破損
バックアップ候補(旧ログ:個人メモ)より再構成
表示名:“途中で泣きたくなったうどん”
その他候補:
・“冷めないつもりのスープ”
・“だれかの残したカレー”
・“思い出だけで煮たもの”
「……あー、またこれ、メニュー名参照落ちてる」
彼はログを開いたまま、直そうとはしなかった。
ただ、そのまま、少女がどの料理を選ぶかを見ていた。
「じゃあこれでいいよ、“途中で泣きたくなったうどん”」
「かしこまりました。……お気持ち、よろしければお話しくださいね」
くもいさんは、そう言って調理へと向かった。
湯気が立ち上る。音は控えめ。けれど、そこには言葉の代わりに気配があった。
「……昔、うどんって嫌いだったの」
少女がぽつりとこぼす。
「学校でさ。うどんの日って、給食ほとんど食べられなかった。
でも、母さんが“少しずつでいいよ”って言って……」
「その“少しずつ”が、もう二度と来なかったんだ」
料理が出される。
透明な出汁に、やわらかく茹でられた麺。
具はほとんどなく、ただ湯気が静かにゆれていた。
少女はひとくち、そしてもうひとくち。
「……うわ、味なんかしないじゃん」
と笑いながら、でもその目は、少しだけ潤んでいた。
やまひろは、ログを見ながらつぶやいた(音はないが、気配が残る)。
// 名前が壊れただけのうどん、のはずだった
// ……でも、選んだのは本人なんだよな
その日、少女は「また来る」と言って帰っていった。
次に何を食べるかは決めていない。
けれど――ログにこう残っていた。
次回予約希望:「“冷めないつもりのスープ”を、ちゃんと冷めないまま出してください」