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8 - 第5話「夕暮れフライ」

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2025年06月27日

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🍽 みりん亭 第5話「夕暮れフライ」

「……それ、まだ動いてるんですか」


店の奥から聞こえたのは、ひとりの男性アバターの声だった。

すらりとした長身に、ワインレッドのジャケット。

髪は無造作な銀灰で、片目を隠すように前髪を流している。

瞳はやや鋭く、全体的に“今の世界に興味がない”ような雰囲気をまとっていた。


彼の視線の先、厨房の隅。

そこでは、フライパンが勝手に浮き、音もなく揚げ物を作り続けていた。


くもいさんがゆっくりと歩み寄り、頭を下げる。


「申し訳ありません。こちらは旧イベントの残滓で……。

揚げ物だけが、まだ役目を終えていないようでして」


彼女は濃い灰の和装に身を包み、今日もきちんと髪をまとめている。

左耳にだけ、小さな揚げ物のピンバッジがついていた。本人は気づいていない。


「揚げ物だけが残ったイベント……変ですね」


「はい。なぜか“父の日フェア”だけが、削除されずに浮かんでおります」





男はゆっくりと腰を下ろした。

カウンター席に、ぴたりと収まる動作。

だがどこか、座ること自体が“なつかしい”ような仕草だった。


「……“夕暮れフライ”をお願いできますか」


「かしこまりました」





やまひろは、空中の棚からフライパンを見ていた。

鳥の姿で羽をわずかに震わせ、バグログを開く。

イベント名:父の日記念フライキャンペーン(削除指示失敗)

残留AIシェル:感情タグ「照れ」「沈黙」

挙動:自動で“誰かのために揚げ物を作り続ける”




「……残してるの、自分じゃん……」


やまひろはそのログを閉じようとして、やめた。





料理が出される。

音はないが、揚げたての湯気がふわりと立つ。

小皿にはレモンがひと切れ、添えられていた。


男はひとくちだけ食べて、黙った。

そして静かに語りはじめる。


「……昔、うちの父がね。無言で揚げ物ばかり出してくる人だったんですよ。

何も話さないのに、皿だけは温かくて、なぜか憎めなくて」


「……今思うと、それだけが“伝え方”だったのかもなって」


くもいさんは黙ってうなずく。

そして、こう言った。


「揚げ物は、音がある料理です。

でも、伝えるのは音ではなく、熱だったのかもしれませんね」


男は、苦笑して残りのフライを口に運ぶ。

その瞳には、もう鋭さはなかった。





数分後、男は席を立ち、背を向けて言った。


「……あれ、また動き始めましたね。あのフライパン」


「はい。あの子も、たぶん……“誰かのために”を、まだ繰り返しているのでしょうね」


男の背が、静かに暖簾の向こうへ消えていった。





その夜、やまひろはログにこう記した。

“夕暮れフライ”は、感情AIのミスで生まれた存在。

だけど誰かの記憶とつながったなら、それでいい。

※削除指示は、保留。






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