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🫧第26章 空気の層に浮かぶもの
律は言葉を返せなかった。
でも、自分の中で何かがはっきりした。
それは音ではなく、輪郭だった。
自分の存在が、泡の外側に触れているという確信。
その瞬間、図書室の空気が静かに沈んだ。
窓から差し込む光は、紙の粒子のように滞留し、
律の呼吸に合わせて、わずかに揺れていた。
棚の奥に視線を向けたとき、
空気が一段階、沈んだ。
その沈みは、重力ではなく、記憶の層が落ちるような感覚だった。
そこに、ねむるが立っていた。
灰色の布を纏い、風を受けていないのに、
布は微細な振動を繰り返していた。
空気の層が、彼の存在に反応して波打っているようだった。
足元には影がなかった。
ただ、彼の周囲だけ空気が圧縮されていて、
書架の木材がわずかに軋んでいた。
律は息を止めた。
鼓動が一拍、遅れた。
その遅れは、恐怖ではなく、
空気の密度に身体が追いつけなかったことによるものだった。
ねむるは棚の背に手を添えていた。
手は、現実の木材に触れているはずなのに、
泡の層に沈んでいるように見えた。
彼の視線が律に向いた瞬間、
図書室の時計が止まったように感じた。
秒針は動いていたが、音が消えていた。
ねむるは何も言わなかった。
ただ、空気の密度だけで語っていた。
律はその沈黙を、言葉ではなく、
呼吸の乱れと皮膚の温度差で理解した。
彼は“居る”のではなく、
空気の層に“浮かんでいる”。
その存在は、泡図書館の空気が漏れ出した証だった。
そして律は、自分がその層に触れてしまったことを、
まだ言葉にできなかった。