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「で、旦那、罪状はなんです?」
まるで、素直に罪を受け入れるかのような春香の口ぶりに、遠巻きに見ている野次馬のみならず、当の暗行御史《アメンオサ》役であるパンジャも驚きを隠せない。
「春香、なにをたくらんでいる 」
パンジャの隣に立っている、下学徒《ペョ ン・ガクト》が、嫌みに口角を上げて言った。そして、
「いやぁ、暗行御史《アメンオサ》様の出頭と聞き及び、慌てて、ここまで馳せ参じた次第なのですが……」
よそ行きの声を出し、学徒は、大袈裟に、パンジャへ頭を下げる。
「さあさあ、暗行御史《アメンオサ》様のお通りだ、どかぬか!」
パンジャに付く下僕が、学徒に命じられ叫ぶ。
うむ、と、パンジャは頷き、この地の長である学徒を見て、
「あの者達の、ふしだらな行いを、お前は気がつかなかったのか?よりにもよって、高官の妻たちへ、芸を見せるごとで、色目を送り、男女の関係を強要しておったのだ。仮に不貞行為を押し付けられそうになったと訴えれば、たちまち、自己の責任となり、家の恥ともなる。若造に言い寄られたのだと、長である、お前に訴えることもなく、皆、怯えながら暮らしておったとは……」
と、誇らしげに言う。
「なんと!」
これまた、学徒が白々しい声を上げ、驚きを見せた。
「これは、私の長としての不手際。まさか、そのような事が行われていたとは……その男を、引っ捕らえよ!」
当然のごとく、打ち合わせ済みゆえに、学徒は、衛兵を引き連れ、罪人を捕らえる準備万端でやって来ている。
どかどかと、兵が歩んで来たが、計ったように、夢龍の前で止まった。
「これはまた、大喪なお出迎えで」
ふっと、余裕ある笑みを浮かべた夢龍に、周囲の者ならず、春香までが目を見開いている。
「暗行御史《アメンオサ》様の、ご出頭、まったく、ご苦労なことで。して、お持ちの任命書・封書には、どのようにこの私めの罪が書かれておるのです。何を調べるように命じられているのです。どうか、読み聞かせて頂きたい。罪状を示さず、何が、どう、動きましょうや?」
パンジャの、小さく息を飲む音が響く。
それほど、皆は、夢龍の弁に圧倒され、場にいる者は、夢龍を注視した。
「まあ、よいでしょう。どうせ、私は悪者だ」
では、と、夢龍は、兵に両手を差し出した。
「手枷《てかせ》でも、なんでも、行うと良い!」
夢龍の勢いに、兵達は怯んだ。
「夢龍!」
春香が叫ぶ。
顔には、なぜ、そこまで、開き直っているのかと、書かれてある。
「あやつは、文字が読めん。封書など、あつかえんのだ。まったく、たいした代役だ」
夢龍は、春香に、こっそり囁いた。
「さあ、何をしておる!」
何故か、勢いのある罪人に、兵は、押されつつも、手枷《てかせ》をはめて、腰に縄を結びつけ、歩けとばかりに、ぐっと、縄を引っ張った。
一瞬、夢龍の体は、揺らいだが、すぐに体制を取り戻し、夢龍は、しっかりとした足取りで兵の後をついて行く。
「ちょっと、待ってーー!!!」
春香が叫んだ。
その言葉に、夢龍は、振り向く。
ははは、と、学徒が耳障りな笑いを発しながら、春香を遮ってい た。
──ちょっと、待って。
春香の声が、夢龍の耳朶《みみ》の内でこだまする。
──ちょっと待って。
そうだ。
これは。
ぐっと、綱を引かれて、夢龍は、勢い転がりこんだ。
「ははは、どうだ、地べたに這いつくばる気分は!」
パンジャが、ここぞとばかりに、先程の仕返しを行うが、夢龍には、そんなことはどうでも良かった。
思い出していたのだ。
そう、子供の頃、無理矢理、連れて行かれた時……、あの言葉を聞いた。
──ちょっと待って!!!
ああ。
天高く登り、纏う朱《あか》色の裳《チマ》。
お下げ髪の少女は、鞦韆《ブランコ》の板に立ち、体を縮め、そして、伸ばしと繰返し、鞦韆を漕いでいく。
転んだ夢龍を、兵が荒く掴み立たせる。
引きずられるように、連れて行かれながら、夢龍は思い出していた。
自分は、春香に会っている。
あの、鞦韆を漕いでいた少女は、春香だったのだ。
「夢龍!!!」
春香の叫びに、夢龍は今に引き戻される。
背後から聞こえて来る声は、いつになく、動揺していた。