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暗行御史《アメンオサ》、いや、学徒に連れて行かれた夢龍の罪は、風紀の乱れを作っただなんだと、いわば、取って付けた様な物だった。
しかしながら、共に行動していた春香にはおとがめがなく、そして、店も、閉鎖命令が出るどころか、特に監視される訳でもない。
とにかく、不自然すぎた。
黄良に命じられ、ほとぼりが覚めるまで、散り散りばらばら、身を隠していた手下達も、店が押さえられていないと分かると、一人、また、一人と、戻ってきた。
たが──。
「春香様!そんなに、昼間っから飲んでばかりで!」
店を閉め、春香は、本来客が使うであろう、土間に並べた板机に、寄りかかりながら、酒びたりになっていた。
何が、そうさせているのか、春香自身にもわからないが、ただ、飲まなきゃーやってられない、その一言だったのだ。
「うるさいねっ、今まで、働き詰めだったんだ、どうせ、店を開けても、客なんか来やしない、たまには、羽を伸ばしてもいいだろうっ!!」
春香を、心配して声をかける童児が、まともに、八つ当たりを食らった。
童児含め、控えている男達は、ああ、と、うなだれる。
夢龍が投獄され、そして、黄良もいない今では、残った者だけの力では、どうにもならないのが現実だった。
そして、春香まで、これでは、この先どうすればよいのかと、戸惑いは、不安になり、そして、確実に不満へ繋がっている。
「これじゃ、話になんねぇよ」
指示を受けて動いていた者達にとって、その指示がなくなるのが一番の苦痛。しかも、ほとぼりをさます為に、潜んでいるのではなく、あきらかに、行き詰まりが見えているのだから……。
これまでか、春香も、所詮は女、手の打ちようがないのか……と、見限る者も出始めていた。
「黄良の兄さんが、いてくれたら……」
自然、そんな愚痴が出て来る。
「はっ、そんなに、黄良に会いたいなら、さっさと、ここから、出てお行きよっ!」
春香は息巻いた。
「じゃあ、会いに行くかい?」
見覚えのある女が、立っている。
表が閉まっているから、裏から忍んで来たよと言う、春香より若干、年上に見える女は言った。
同時に、「蔚山《うるさん》の姐さん!」と、皆の驚きの声が店に響いた。
「まったく、春香、あんた、何してるんだい?」
美しさは、正直、春香には劣るが、どこか、つんとした冷めた面持ちは、男であろうが、やすやすと押さえこんでしまうだろう、そんな、威風堂々とした雰囲気が漂っている。
女、というより、当主の顔を見せるこの女こそ、春香の好敵手でもあり、頼れる仲間でもある、蔚山の街を仕切る、女商人、金智安《キムチアン》だった。
「ははん、さすがの、春香も、惚れた男が捕まっては、心が折れたか」
突っ伏していた、春香は慌てて顔を上げるが、勢い、酒器を倒してしまう。
「えっ、図星?!」
童児が、信じられないと、目を白黒させながら呟いた。
「な、何が、惚れただ!お黙りよっ!」
春香の慌てぶりに、皆、なるほどなぁと、なぜか、納得し、さすがは蔚山の姐さんだと、智安と共に大笑いした。
「黄良から、大方のことは、聞いている。そのうち、あいつが、騒ぎを起こす。で、どさくさ紛れに、捕まった男を救い出す。つもりではいるんだけどね、相手は、学徒。こちらも、それなりに、手を打たなきゃいけないだろう」
相手が悪かった。なにより、悪者を捕まえるのが、目的ではなく……。
「学徒は、春香、お前、目当てなんだろう?まったく、手にいれたい女が、なびかないからと、姑息な策を使いやがって。どこまで、出来るかわからないがね、この、金智安、動かせていただくよ。あたしも、あいつにゃー、ちいと、頭に来る事があるんだ」
智安は、ぶつぶつ言いながら、皆にも、手伝ってもらうよ、と、たむろしている男達に発破をかけた。