コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「ねえ、矢っ張り無理、帰りたい」
「何言ってるのよ、エトワール様。しっかりしなさい」
バシンッ! といたいほど背中を叩かれて、背中に痕がいったのではないかと私はリュシオルに文句を言ったが、彼女の言葉には何の反論も出来なかった。そう、自分で決めたことだし、自分で参加するって決めたのに、帰りたいなんて抜かしているからそりゃあ、リュシオルも怒る、と私は半泣きになりながら会場の隅の方へと移動する。
パーティー会場には既に多くの貴族たちが集まっており、談笑したり、ドレスについて話していたり、令嬢同士で集まって何か楽しそうにお喋りしていたりと皆それぞれ楽しそうにしている。だが、私の気分は沈んでおり、何とも言えない気持ちになっていた。陽キャのパーティーみたいで、教室の片隅で一人ソシャゲをしていた私には一生合わない世界だと思った。キラキラとし過ぎていて、それこそ目が痛い。目に入れていたくないのは推しだけだと、私は心の中でキラキラ輝いている貴族達を呪った。まあ、それ以外にも私のこと言いように思っていないんだろうなとか、前の本当に転生してすぐに行われたパーティーに出席していた貴族達もちらほらといて、そういうことも合わさって私の気分は駄々下がりだった。
そりゃ、リースの誕生日、推しの誕生日ではあるけど、祝うのは私だけじゃないし、彼は皇太子だから貴族とか周りの国の人とかも来るのは当然のことだと思った。それも、戦争にて領地を奪還したみたいな勝利もかねてのものだから、尚更大きなパーティーだと。
そんな私とは対照的に、隣にいるリュシオルは嬉々として目をキラキラさせており、とても生き生きとしていた。
「何でそんなに生き生きしてるのよ」
「だって、興奮しない? イケメンのご令息達が話し合っていて……」
「あーあーそういうこと」
腐女子の妄想が爆発しているのね、とご令嬢達が集まっているのと同じように、ご令息だったり、イケメンの貴族達も固まって話しているところを見てリュシオルはあの人は受けだとか攻めだとか呟いていた。多分、事業だったり家の話をしているんだろうけど、どうしてその妄想に行き着くのか私は不思議で仕方がなかった。でも、リュシオルの頭の中では勝手にカップリングを作って楽しんでいるようで、それはそれでいいなあとか思った。私は、知識はあっても別に好きでも嫌いでもないし。
一人楽しそうなリュシオル横目で見ながら、私は大きなため息をついた。
(……やっぱりこういう場所苦手だなあ……早く終わらないかなあ……)
本日の主役であるリースはまだ会場に来ていないようだったし、それまで待たなければならないという事実に私は絶望さえ感じていた。早く渡すものとおめでとうだけ言って帰りたいと思った。確かに、最推しであるリースの晴れ姿というか誕生日の日にしか見えない特別なリース様を見たいというのも勿論あるし、それを最期まで見届けたい気持ちは山々なのだが、それと同じぐらい元彼の誕生日でもあると思うと、なんとも言えない気持ちになる。元彼って言うだけで、祝うことのハードルが高くなると言うか。勿論、推しの誕生日を直接祝うって言うのもハードルは高い。でも、それ以上なのだ。
今更、本当に四年間付合っていて、今は別れているけど、初めて誕生日を祝うのだ。それまでは、私の誕生日は祝ってくれていたものの私からは彼の誕生日を祝ったことがなかった。リース様と同じ誕生日だって知ったときは運命を感じたが、リース様の誕生日のことで頭一杯になっていて、結局遥輝の誕生日は毎年祝わずに終わっていた。そういう、祝い事とか、特別な日とか、推しとかアニメとかゲームのキャラの誕生日は覚えられていても、現実の人の誕生日なんて興味なくて覚えていられないのだ。
勿論、自分の誕生日も。
(……祝ってくれていたのは、遥輝と、蛍だけか)
ちらりとリュシオルを見れば、まだ彼女は妄想に浸っているようでそれを布教したいのかアルバに絡んでいた。アルバは理解できずに戸惑っていたが、私に視線を送ってきてないところを見ると、彼女の話を真剣に聞いているようだった。まあ、助けを求められても困るのだが。
思い返せば、自分の誕生日を祝ってくれていたのはリュシオル……親友の蛍と、遥輝だけだった。両親は私の誕生日にも仕事を入れて帰ってこない日だってあったし、誕生日ケーキも小学生中学年ごろには買ってきて貰えなくなった。元から期待はしていなかったし、こどもの日でもクリスマスでもそう言った行事ごとの日であっても祝うこともパーティーをすることもなかった。だから、そういうのに疎いというか無いものとして育ってきたため、祝って貰うことに戸惑いがあった。
嬉しかった。けれど、どう反応すれば良いか分からなかった。一般的にそういう行事ごとや誕生日を祝う家庭では純粋に祝って貰った事に対して喜べば良いのだろうけど、私はどう喜べば良いのか、反応すれば良いのかずっと分からなかった。
祝ってくれる意味さえ、その時には既に。
それでも、私の誕生日を自分事のように喜んでくれる遥輝や、キャラクターグッズをくれる蛍に救われているところはあった。誕生日を祝ってもらうことで普通の女の子になったような気さえしたから。
嬉しくて、温かくて、でもどうしようもなく、両親に見放されていることに孤独を感じた。祝ってもらえば、もらうほど、何で両親は私のこと祝ってくれなかったのかなって、それが普通なんじゃないかって、諦めたはずの感情が出てきて仕方がなかった。
「エトワール様、顔色が悪いですが、水でも持ってきましょうか?」
「えっ、あ、ああ、アルバ……ううん。大丈夫。私、人混み苦手で」
「そうでしたか……本当に大丈夫ですか?」
「平気、平気……って言いたいけど、今すぐ帰りたい気持ちで一杯。でも、自分で決めたことだし、殿下の事祝いたいって言う気持ちもあるし」
私がそう言えば、アルバは心配そうに眉を下げた。
「もー、そんな眉下げたら可愛い顔が台無しだよ」
「か、可愛いって……! エトワール様!」
私が、冗談ではないがそう軽く言うとアルバはボンッと顔を赤くさせて口元を覆った。
彼女はいつもは格好良くて男性にも増さるぐらい男らしいイケメンなのだが、こういうちゃんとした女性らしい一面もあってそういうギャップが私は好きだった。
「おやおや、これはこれは、シハーブ嬢じゃないですか」
と、私がアルバの反応を楽しんでいると、どこからともなく数人の貴族がニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮べながら私達に近付いてきた。
それまで、赤くなっていたアルバの顔は一瞬にして険しい顔になり、先ほどの乙女の顔は何処かに行ってしまい、私を守るように一歩前に出た。
「何の用でしょうか」
アルバは、声音だけは冷静に、そして警戒心を持って彼らに聞いた。
彼らの服装はどれも上質なもので、如何にも良いところの貴族と言った身なりだったが、逆に言えば其れをわざと見せびらかしているような、自分はこんなにも高価なものを身につけているんだ見たいな自慢的な何かも感じられて、見ているだけで気分が悪くなった。
それに、彼らはアルバを見て嫌味を言うかのように話し始めた。
「シハーブ嬢は確か、伯爵家出身でしたよね。貴方のお父上殿は聖女の近衛騎士団の団長。数多の戦場を駆け、その勝利に貢献してきたお方でしたね」
「だから、何だというのですか」
「いえいえ。お父上殿の血を引いてらっしゃるので、やはり騎士を目指しているのかと。しかし、女性の騎士というのはねえ。ほら、女性は守られる存在でしょう? それなのに、女である貴女が騎士になるだなんて……しかも偽物の聖女の護衛として選ばれるとは……はっはっはっは。それはあまりにも、不相応では?」
「…………」
明らかに馬鹿にしたような口調と、人を小ばかにするような笑い方に、私は段々と苛立ちを感じてきた。
確かに、この世界には女性が戦うと言うのはあまり無い。それをアルバは知っていたし、知っていて尚騎士になった。それから、矢っ張りその事で騎士団に所属する騎士からよく思われていなかった。女だから馬鹿にされていた。それを、アルバは誰よりも嫌っていた。それを知らないのか、目の前の貴族達はわざわざ本人の前でそれを言ったのだ。
私はアルバを見たが、彼女は必死に堪えているようだった。握った拳は今にも飛び出しそうで、それでも爪が食い込むぐらいに握って抑えていた。どれだけ辛いだろうか、私には想像もつかなかった。こういう場であっても、侮辱を受ける。この貴族達はアルバの家よりも位の高い貴族出身なのだろうか。それとも、ただたんに数でよってたかっているだけ?
どちらにしても、言って良いことと悪いことの区別がつかない奴ららしい。
「せめて、本物の聖女様の騎士に選ばれさえすれば……」
そう、貴族の一人が口にしたとき、アルバの目つきがさらに鋭くなった。
「取り消して下さい」
「はあ?」
「取り消して下さい! 本物か偽物かなんて関係無い! 私の主を侮辱しないで下さい! 私は、自分の意志で彼女を守りたいと思ったんです!」
「なっ、何だと!? 女が偉そうに……」
「貴方達の家柄がどうであれ、私より位の高い貴族出身かも分かりませんし、興味もありませんが、一つ言わせて貰います。人の事を勝手に決めつけて、自分の価値観を押し付けるのは止めてください。その人の価値は他人が決めるものでは無いはずです。自分の価値は自分で決められるはずです。貴方達のような、他人の価値を決めるような人に言われたくない。私にとって、彼女の傍にいる事が、私の価値なのです。女である以前に、私は騎士なのです。騎士として認められたのです。ですから、そんな古くさい考え方で私を……私の主と女性を差別し、侮辱するのは止めて頂きたい」
アルバはそう言い切ると、キッパリと言い放った。
「くっ……な、生意気な……っ」
彼らは言い返す言葉が見つからないようだった。それでも、気にくわないといった目を向けており、また何かを言おうとしたため、私は意を決して仲裁に入った。
「そうよ。アルバの言う通りよ!」
「エトワール様」
本当は怖くて足が震えているし、今すぐにでもアルバの腕を引いてこの場を離れたかった。でも、アルバの気持ちはいたいぐらい分かるし、私を侮辱した彼らを許せないって怒ってくれるのも嬉しかった。だから、私は彼女の主人として、彼女を侮辱された怒りを代わりにぶつけることにした。
「貴方達がいくら偉そうにしようと、彼女は私の騎士よ! 女だろうが男だろうが、それでこそ平民だろうが、私が選んだ騎士なの! これ以上悪く言うようだったら容赦しないから!」
そう私が言えば、貴族達の怒りの矛先は私の方へ向いた。私を嘲笑うかのようにプッと吹き出すと、今度はクスクスと笑い出す。
「何が可笑しいのよ」
「いえ、失礼……噂に聞いていたとおりのお方だと思って。こんばんは、偽物の聖女様」
「…………」
偽物という言葉に、私は何も反応しなかった。もう、何回も言われた事だし慣れている。だが、強調して言ってくるところを見ると私の反応を、怒ることを期待しているようだった。
(アンタ達の事なんて大体お見通しなのよ……)
どれだけ、この世界にきて偽物偽物言われてきたと思っているのだろうか。きっと彼らには分からないだろう。と私は内心冷めながら、彼らを睨み付けた。それが、気にくわなかったようで彼らはまた口を開く。
「やはり、聖女とはほど遠い……全く、自分を聖女だと思っているなんて図々しいにもほどがありますねえ」
「別に自分が『本物』だなんておもっていない。でも、私は召喚されてここに来たの。だから、アンタ達が偽物扱いしようと、私は自分の出来ることをするの」
そう言い返せば、貴族の男はピクリと眉を動かした。しかし、次の瞬間にはニタリと口元を歪ませ、自分の後ろへと視線を向ける。
「偽物の自覚があるのですね。まあ、そうでしょうね。髪の色も瞳の色も、何もかもが違うのですから。『本物』とは、あの方のことを言うのですよ」
と、貴族の男は後ろを振向き、人だかりが出来ている方に視線を向けた。その人だかりの中心にはトワイライトがおり、彼女は困り笑みを浮べていた。