「トワイライト……」
貴族の男の視線の先に出来た人だかりの中心には、トワイライトがおり彼女は遠くから見る限り質問攻めに遭っているように見えた。若しくは求婚されているのか。どちらにせよ、彼女は困ったように、それでもそれを表に出さないよう必死に困り眉で、精一杯の笑みを顔に浮べていた。
助けてあげたいと思ったが、また空気を悪くするだけだし、彼女も気づいていないようなので私は彼女の元に駆け寄ることはしなかった。出来るだけ、公の場で彼女に接触するのはやめようと思った。トワイライトが嫌いなわけでもないし、言ってしまえば大好きで大切な妹なのだが、前と同じように大勢の前で偽物だって言われたくなかった。自己防衛だ。
(それに、若干物語が変わっているにしろ、これはトワイライトのストーリーのメインイベントなんだし横やりでも入れればどうなるか分かったものじゃない)
ルクスとルフレがいたように、ブライトやリース、グランツなど多くの攻略キャラが出席するこのパーティーで目だった、ストーリーと違う行動は起こさない方が良いと思った。私の知っている範囲、ヒロインであるトワイライトのストーリーなら大方覚えているから。
だが、そもそもに疑問に思ってしまうのだが、女神と同じ容姿をした私を偽物偽物言って楽しいのだろうか。それは、信仰している女神に対する冒涜ではないかと。確かに、聖女は金髪純白の瞳かも知れないが、ヘウンデウン教が私を女神の生まれ変わりだと間違えるぐらいの容姿なのだから、他の人が私の容姿に対して何か疑問を持っても良いのではないかと思った。
もしそれが、「女神と同じ容姿に化けた異形の者」と思われているなら仕方がないかも知れないけれど……
(そんなことを、災厄のせいで正常な判断が出来なくて、全て疑わしくて少しでもイレギュラーと感じてしまったら排除したくなるっていう意識の表れだったら……仕方がないけれど)
災厄のせいで疑心暗鬼になっているのは分かっているし、目に見えるもの全てを疑おうとする人間の悪い癖をさらに強くさせてしまっているのも知っている。だけれど、全てが全て悪いものではないだろうに。もし仮に、私が本当に女神の生まれ変わりだったとしたらどうするんだろうか。これまで、偽物偽物言ってきた人達はどう思うだろうか。手のひら返しをして、私を崇め始めたらたまったものじゃない。まあ、そもそもに目立ちたくないのだけれど。
私は、そんなことを考えつつ目の前の貴族達に意識を戻すことにした。こいつらを黙らせないと。
「そうね、確かに彼女は『本物』よ。伝説上の聖女と容姿も、立ち振る舞いも……きっと、彼女が『本物』何だと思う。でも、それを抜きにしても私の騎士を侮辱するのはやめて! アンタ達にも、アンタ達を守ってくれる騎士がいるでしょう」
そう言ってやれば、貴族の男ははんっと鼻を鳴らした。
「彼奴らは私達が金で雇ったもの達ですから。金のために働くのは当然では?」
「忠誠を誓っているはずよ。幾らお金を払っているとは言っても、命が惜しいと思うものじゃない。命とお金じゃ、自分の命の方が大事なのよ。それでもアンタ達を守ってくれているんじゃないの!?」
私はそう言ってやったが、彼らは聞く耳も持たなかった。何を言っているんだと肩をすくめ、自分たちの騎士をまるで使い捨ての駒のように言う。私はそれも許せなかった。
自分が何でこんなに感情的に怒っているのか、不思議になったが、ここに来て、人の温かみや自分を信じてくれる人の優しさに触れたからこそ、こうやって怖くても自分の意見を言えているのだと思った。それが、良いのか悪いのかは分からないけれど。リュシオルやリースが言ったように、私は少し変わったのかも知れない。
「偽物の聖女様には分からないでしょうね。騎士なんて幾らでもいるんですよ。替えなんていくらでも利くんです」
「アンタ達は……っ!」
「何を言い争っているんですか」
私は怒りに任せて声を上げようとしたが、それは途中で遮られた。
聞き慣れた声に、私はスッと怒りが潮が引くように引いていく気がして声の主を探せば、漆黒の髪にアメジストの瞳を持った攻略キャラの一人、ブライトがいた。彼は、私達の前まで歩いてくると私達に味方するように、私の側にそっと立つと、貴族の男達の顔をのぞき込むように少し腰を折った。すると、彼らは途端に萎縮して頭をへこへことさげた。
「こ、これは、ブリリアント卿。ご無沙汰しております……」
「ええ、久しぶりですね」
ブライトはにこりと微笑んだ。貴族達は、先ほどの会話が聞かれていたのではないかと内心ヒヤヒヤとしているのか、形の崩れた作り笑いをうかべている。しかし、ブライトは彼らの表情など気にせず、笑顔のまま言葉を続けた。
「それで、何を言い争っていたんですか?」
と、ブライトは穏やかな口調で尋ねた。
貴族の男達の顔は青くなっており、どうにか取り繕おうと必死になっているようだった。見ていて笑えたが、今は笑えるような状況ではなかった。
「いえ……その……シハーブ嬢と話していただけです」
そうです、そうです。と後ろにいた男達もその言葉に乗っかるようにいい首を縦に振った。
アルバは、それを聞い眉を上下に動かして、そんなわけないだろうと睨んでいたが、男達にはそんな余裕がないようにも思えた。ブライトはそれぐらい恐れられているのか、はたまたブライトよりも爵位が引くからなのか、どちらにせよ、ブライトに頭が上がらないようだった。まあ、魔道騎士団の団長の息子でもあるし、魔道騎士団は帝国の魔道士のトップに立つ存在とも言えるらしいから、彼らがへこへこと頭を下げるのに何の違和感もない。それよりも人によって態度を変えるぐらいなら初めから突っかかってこなければいい話なのに、と私はため息が漏れた。
ブライトは貴族の男達の言葉を受けながら、そうですか。と零したがいい顔はしていないようだった。きっと、彼らの嘘に気がついたからだろう。
(こういう言い方したら、ブライトに悪いけど、嘘とかつくひとって他人の嘘とかも見破ることが出来るんだろうな……)
別にブライトが嘘つきと言っているわけではないが、過去に私に隠し事をするために嘘をついたことがあるので、なんだかなあ……といった感じだった。まあ、それが別に悪いことではないし、そうでなくとも、ブライトに嘘は通じないだろうと思った。彼は慎重に物事を観察し、状況を判断する男だったから。
「まさかとは思いますが、僕の大切な友人を貶していたわけではないですよね? 貴方方は僕の友人に何か不満があるのですか?」
「そんなことはありません! ただ、にせ……じゃなくて、そちらの女性と話していただけで」
「エトワール様とですか?」
「は、はい」
貴族の男達は完全に挙動不審で、嘘がバレバレといった感じだった。それでも、ブライトは追求しなかったし、彼らも私の名前までは知っていなかったようで、一瞬誰のことを言っているのだろうと目を丸くしたほどだった。名前も知らない相手を罵倒していたのかと呆れてしまう。
(というか、私のこと友人って……)
ブライトと私の関係は師匠と弟子であると思っていたから、「友人」と言われて私はむず痒くなった。けれど、嫌な気分ではない。だが、彼にとって私とはそういう存在だったのかと気づかされた。本当に嫌とかではないけれど、私達の関係にその言葉は合っていないような気がしたからだ。
ブライトは、それを聞いてふっと笑うと私の方に視線を向けた。私はたどたどしく、小さくお辞儀をした。すると、彼は口角を上げて微笑んだ。そして、彼は貴族の男達に向き直ると、鋭い目付きになった。
「……途中からですが途中からですが、聞いていました。確かにエトワール様は伝説上の聖女と容姿は何もかも違います。しかし、それだけです。容姿が違うから何なのですか? 僕は、彼女に何度も救われてきました。エトワール様は僕の大切な友人です。彼女を侮辱することは許しません」
「わ、分かりました!」
「失礼しますっ!」
と、貴族の男達は慌ててその場から立ち去った。彼らはブライトが怖いのか、逃げるように去って行った。
残された私達はぽかんとして、その後ろ姿を見つめていたが、ブライトがこちらを振返ったことで我に返った。
「あ、あの、ブライト……」
「エトワール様」
私は、彼の名前を呼んだが、遮られるように呼ばれたので私は口をつぐんでしまった。
ブライトは、私を見て少し困ったように笑った。それはまるで自分の行動が恥ずかしいとでもいうような笑みだった。彼はゆっくりと私の前まで来ると、頭を下げて私に挨拶をした。貴族らしい佇まいに、先ほどの男達が本当に貴族なのか馬鹿馬鹿しくなるぐらい美しい動作だった。
私はそんな彼に見惚れてしまいそうになるのを堪えながら、同じように頭を下げる。そんな私にブライトは優しく微笑んだ。彼のアメジストの瞳に見つめられ、私は心臓が高鳴るのを感じた。
「えっと、ブライト、そのありがとう」
「いえ、当然のことをしたまでですから。それに、エトワール様が酷く言われている所なんて見たくないですから」
「そ、そう」
ブライトはそう言ってまた微笑んだ。彼の笑顔は優しげで、嘘を言っているようには思えなかったし、本気であの貴族達に向かって言ってくれたんだろうって言うことが伝わった。でも、それ以上に私は彼が私との関係を「友人」と例えたことが気になってしまったのだ。
私はその事をダイレクトに聞くことが出来ず、取り敢えず遠回しに彼と自然な会話をしてから話そうと口を開く。
「そういえば、ブライトくるっていってたもんね。まさか、こんな広い会場で会えるなんて……」
「そうですね。エトワール様は目立ちますから」
「え、え、私目立ってた?」
もし、そうだったら恥ずかしいと顔を覆ったが、ブライトはとくに何も突っ込まなかった。
「いえ、目立つというか……僕が何処にいてもすぐ見つけられると言うだけで、エトワール様のこと」
「え? 何て?」
「いいえ、何でもないですよ。実は、今日エトワール様と会えるのではないかと少し柄にもなく期待していたんですよ」
と、ブライトは何かをごまかすようにまた微笑んでいた。
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