「はい。この国におわします、四家全てにお仕えしました経験がございます」
おぉ、それは凄い。
さすがはさすらいのリスメイド。
「ハンマーシュミット伯爵家には一番長く仕えさせていただきました。皆様良い方々ばかりで……ネリが、御迷惑さえ、かけ続けなければっ!」
「追放されたフランツィスカ様は、現在健やかにお過ごしの様子なのが何よりでごさいますね」
「ハンマーシュミット伯爵家も、フランツィスカ様の安全が確保されて、攻勢に出ているようです。迷惑をかけられた三家に、圧力をかけている筆頭として、お過ごしだとか……」
ネリは本当にどうしようもない子だったみたいだねぇ。
完全に離れていても、こうして憎悪を思い起こさせるのだから、しみじみ業が深い。
フランツィスカには会ってみてもいいかな?
ハンマーシュミット家になら力を貸すのもよさそうだ。
あー、でも最愛の粛清をする結果になるのなら、特に手助けは不要かな?
「……他、三家は似たり寄ったり、の駄目加減です」
「最愛様たちの暴挙を止めもせず、どころか後押しをする家族ばかり……」
「親戚では多少まともな人たちはいましたので、その方々には罪が及ばないといいですね」
「しかし、どの家も使用人の流出は激しかった……」
三人の愚痴に限りなく近い情報は止まらない。
ハルツェンブッシュ子爵家。
とにかく使用人の扱いが悪い。
仕事量が多すぎる割に給与が少なく、休暇なんてほぼなかったとのこと。
ネリのドジが重なって追い出されたときは、ネリ以外体重が激減して大変だったようだ。
このときばかりはネリに感謝しました……とは、ネルの発言。
ドジの弁償を求められたが、ネリが扱いが酷かったからドジをしても仕方なかった! で押し通したらしい。
遥かに身分が上の相手に、ここまでごり押しができるのは、非常識が服を着て歩いているネリならではだろう。
過労死した使用人すらいたというのだから恐ろしい。
そうなる前に辞められて本当に良かった。
リッベントロップ侯爵家。
エルメントルートの我儘に振り回されて、使用人は精神的に追い詰められたようだ。
噂ほど、他の家族は悪人ではなかったという。
特に双子への酷いいじめが発覚してからは、我に返ったという印象が強かったのだとか。
双子がいなくなってから、ネリ以外の姉妹たちがいじめの対象になってしまい、よく服を脱がされて、もみくちゃにされたようだ。
もふもふが気持ち良いのはわかるが、もみくちゃは許されない。
そもそも本人の意思は尊重すべきだろう。
愛すべきもふもふなのだから。
ここでは、ネリが私だけもふもふされない! とエルメントルートに言いがかりをつけたせいで追い出されたとのこと。
姉たちが嫌な目に遇っているのを羨ましいと思う、その神経のおかしさには、既に突っ込みを入れる気も失せる。
プリンツェンツィング公爵家。
ヒルデブレヒトの悪影響が強く、家族は等しく色狂いだったらしい。
まだ幼児とされる年齢の子供たちまでもが、性的な興味が酷かったようだ。
使用人たちは当然被害者だった。
それこそ孕んで辞めさせられた子などは、まだまし。
孕み腹のまま蹂躙されて子が流れ、精神崩壊したメイドまでいたという。
男性もまた、その被害からは逃れられず、同性に無理強いをされて、心身ともに壊れてしまった者がいた。
女性不信になって、未だに結婚どころか恋人すら持てないという話もあると聞き及んでいるとか。
ここでは夜這いされたネリが、当主の逸物を食いちぎりかけてしまい、夜逃げしたそうだ。
当主は現在不能という噂が秘めやかに囁かれているのだとか……。
うん、ここでもいい仕事したかな、ネリ。
「嫌なことを思い出させちゃってごめんね? 今回しでかしている三家の最愛に対して、称号剥奪の話が実現しそうだから、聞いてみたかったの」
「本当でございますか?」
「ええ。主人がそれぞれの制御師さんと話をつけてくれる予定になっているわ」
「さ、さすがは御方様……すばらしい……」
「話を聞く限り、少なくとも最愛本人への情状酌量の余地はなさそうかしら、ね?」
「はい! ありません!」
良い笑顔で返事をくれるネイを見て、私も心を決めた。
困ったというか、迷惑極まりない最愛たちの話を聞き、目が冴えてしまってなかなか眠れない。
深い溜め息を吐いて体を起こし、紅茶かホットミルク辺りでも飲もうかと思い、ノワールを呼ぶベルを持ち上げようとした瞬間。
ベッドの上へ崩れ落ちた。
「すみません、麻莉彩。少々強引に寝かしつけてしまいましたが、大丈夫でしょうか?」
寝かしつけたといわれているのに、完全覚醒している不思議。
私は夫の膝の上で目をぱちくりとしている。
「何時もの夢の中ですよ。最愛については散々聞いたようですので、制御師について少々お話をしようかと思いまして」
「……なるほど?」
「ふふふ。何か飲みますか。あちらでは飲めない飲み物など、如何です?」
「こっちでもかなりいろいろと飲めるよ? 喬人さんが頑張ってくれたのでしょう?」
「そうですねぇ。何時か貴女があちらへ行ったときに困らないように、努めました」
見上げれば、男女の関係なく見惚れる笑顔があった。
何かに突き動かされるようにして、頬にキスをする。
お返しのキスは当然のように唇へ。
背中をタップして助けを求めるほどに長く、された。
「さっぱりとサイダーでも如何ですか? あちらだと炭酸は大人の飲み物ですから、あまり飲まないでしょう」
「あ、そう言われてみればそうかも。スパークリングワインは飲んだけど、それ以外の炭酸は印象が薄い気がする」
「では、サイダーですね」
夢の中だからか、夫の手の中にはフルートグラスがあった。
気泡が弾けているので、中身はサイダーなのだろう。
渡してもらい、口にする。
何の味もない強い炭酸も好きなのだが、ほんのりと甘みがついた微発泡の炭酸もまた好ましい。
喉の奥で緩く弾ける炭酸を楽しんでいれば、横抱きに私を膝の上から離さない夫が、ゆっくりと話を始めた。
「制御師とは神の愛し子に与えられる称号です」
「え! そうなの?」
「はい。これは内緒ですよ? あちらの世界の神も一人ではありません。こちらほど多くはありませんが、それなりの数はおります」
なるほど、と頷いておく。
「制御師がいると制御師を通して世界の監視がしやすくなるので、神はできるだけ制御師を認定したい……けれど、制御師の愛し子を巡る戦いは世界を崩壊させかねないので、絶妙なバランスを保って選定されています」
「か、監視……」
なかなかに世知辛い。
でもまぁ、制御師としての自覚があるのならば、その辺りは瑣末な気もしてくる。
「制御師も基本は、制御する属性に相応しい者が選定されます。しかし制御師は神ではないので、長く制御師でいると暴走する者もでてきます。属性に振り回されたり侵食されたりする例が多いですね」
時空の属性を持つ夫はどうなのだろう。
振り回されるのはさて置き、侵食されたら、夫は夫でなくなってしまいそうで恐ろしい。
思わずぎゅっと夫の腕を掴む。
夫は私の背中をぽんぽんと優しく叩いてくれた。
「安心してください。時空制御師はなかなか選定が難しい属性なので、神に保護されているのですよ。ですから、その力に振り回されませんし、ましてや侵食もあり得ません」
神の保護!
それはそれで恐ろしいが、夫が夫でいてくれるならスルーしよう。
「特に聖と魔、光と闇は入れ替わりが激しいのです。愛し子の暴走を考えるに、魔は……その性質上今のままでいるでしょう。が、魔の制御師に負けない聖の制御師も選定されるでしょうね。あと、光は駄目でしょう。しばらく選定されず、代わりに闇の選定がされそうです。水は入れ替わりでしょうか。あちらの世界的には光が失せても闇が選定され、さらには聖も選定されるなら、御の字と言ったところですね」
どうせなら十二人揃った世界にいたいものだ。
それが一番世界として安定した形なのだろうから。
「制御師でなくなった人はどうなるの?」
「自死が多いですねぇ」
そんな気がしていました。
神の寵愛って失ったら生きていく気力も同時に奪われるんじゃないかな。
「次点で暗殺です。尊敬される分恨まれますから。飄々と生きながらえるのは、魔と無の元制御師ぐらいでしょうか」
愉快犯な魔の制御師は御遠慮申し上げたいが、無の制御師には会ってみたいかも。
「無の制御師は女性ですから、会ってもいいですよ。ですが他国在住で転移もできない方ですから、会えるとしてもまだまだ先の話になりますね」
「他の制御師で、会っても良い方はいる?」
「そう、ですねぇ。この国在住の火の制御師は大丈夫です。貴女が火の最愛に対して同情的なので、好感度が高いようですし。歓迎しているので、私が許可すれば向こうから会いに来るかもしれませんね」
あ、結構積極的な方らしい。
夫が許すなら当然女性だろう。
「あとは……氷の制御師ですか。男性ですが心は女性なので安心です。現在の最愛が氷菓子に執着するので、新しい氷菓子を開発するのが趣味になっています。貴女が知っている氷菓子を教えたら、喜ぶでしょうね」
うわぁ。
結構濃い人もいるんだねぇ。
氷菓子かぁ……何があるのか教えてもらうのも面白そう。
向こうの世界にない氷菓子とかあるかもしれないし。
「それ以外は許可できません。基本的に制御師は己の属性と、最愛以外興味のない方が多いですからね。あとは私の最愛ということで、妙な反応をする制御師もいるでしょうし」
「妙な反応というと……」
「排除するなんてストレートなものであれば、こちらも速攻排除しますが、良くて監禁、悪くて……口に出すのも悍ましいので止めておきますね」
想像して苛ついたのか、額へキスが一つ降ってきた。
「制御師が全て、己の心を制御できると、思ってはいけませんよ?」
「はーい」
優しく頭を撫ぜられるので、手の中の少し温くなったサイダーを飲む。
もう少し冷たい方がいいなぁ、と思えば、すぐさまグラスごと中身も冷える。
「え! 魔法?」
「ここは夢の中ですよ。それぐらい普通にできます」
と夫は穏やかに笑うが、普通はできない。
少なくとも私はできない。
私の中で夢とは、やりたいことが微妙にできない世界なのだ。
「……火、無、氷の制御師には挨拶しておきましょう。牽制もしておかないと安心できませんし」
「? 基本的に己の最愛以外に興味がないのでは?」
「ええ、あくまでも基本です。貴女は自覚が薄すぎて困りますが、溺愛され属性でしょう?」
ないない。
それはない。
夫のひいき目だ。
大体溺愛され属性というのなら、私は家族全員に虐げられはしなかったはずだ。
「私の最愛はいろいろ、いろいろ自覚が薄くて困ります。まぁ、そこもまた愛らしいところで完全に直してほしいと思わない私にも、問題はあるのでしょうが」
「喬人さん?」
「独り言です。気にしないでください」
「うーん。じゃあ気にしない」
「はい」
「サイダーだけでいいですか? 何か摘まみます?」
夢の中なら太らないかしら?
朝起きたら胸焼けとかしていたら、次回に注意すればいいか……。
「では、ポップコーンで」
「おや。ポテトチップスかと思いました」
「え! じゃあ、ダブルで」
「了解です」
抱っこされたままで届く絶妙な位置に、テーブルとポップコーンにポテトチップスが現れる。
本当思い通りになる夢って最高だよね!
「そう言えば、物申しに行く制御師って三人だけ?」
「実は迷っています。風の最愛は女海賊で、所謂義賊だったのですが」
「うん」
ポップコーンを口に放り込みながら頷く。
一番好きな塩味に、自然と顔がほころんだ。
「最近では真っ当な商船や高位貴族のお抱え船ばかりを狙って、自分たちの欲に使うようになってしまったんですよ」
「あー」
「さらには最愛が逆ハーレムを、乙女ゲームも真っ青の勢いで形成し始めまして」
「わぉ」
「美形と名高い雷の制御師に食指を動かしているようなのです」
え?
制御師に手を出すとか正気なの?
最愛に手を出すのも問題あるけど、制御師に手を出すとかそれ以上の問題でしょうに。
「雷の制御師が怒って、風の制御師に話をしたようですが、物別れに終わったと、ちょうど先日耳にしたものですから」
何というタイミング。
終わったねぇ、風の制御師とその最愛さん。
「そちらにも足を伸ばそうかなと思っておりますよ」
風は好きな属性なので、制御師には存在してほしいところ。
是非とも入れ替えでお願いしたい。
けれどそれ以上に。
「喬人さん。もし風の最愛さんに会うのならば、気をつけてくださいね。絶対に逆ハーレム要員として狙われると思いますから!」
夫が落とされる心配はしないが、不愉快な思いはさせられると経験上知り尽くしているから。
「ふふふ。大丈夫ですよ。私のやわらかい感情は全て私の最愛のものですから、麻莉彩」
蕩けるような眼差しで見つめられ、甘く名前を呼ばれる。
次の瞬間には、出現したベッドの上へ押し倒されていたので、苦笑した私は夫の首に腕を回して瞼を閉じた。
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