モラクスの言葉に頷きながらゆっくりと後ずさった一行を無視して、玉座の化け物、大魔王アスタロトと見られる悪魔が新大徳、新アフラ・マズダに向けて声を発した。
「主客転倒(しゅかくてんとう)したようだな、どうだろう? お前達新たな大徳も、そこにいる旧大徳のように、我輩に仕えてくれると助かるのだが、どうだ?」
普通の声音で、内容も極々一般的な頼みを口にしているだけなのだが、ヤケに甘ったるく聞こえ、それでいて引き付けられる様な響きを孕んでいる。
自分に向けて直接語り掛けられていれば、一瞬で魅了されてしまっていただろう、そう考えたコユキは先程の自分の状態も併せて想像し、ぶるるっと体を震わせるのであった。
それ程の魔力を込めた問い掛けに対して、アフラ・マズダとなった元大罪の七人は何の影響も受けていないようで、全員が視線を合わせ意見を確認しているようだ。
元『淫蕩(いんとう)の罪』、『母性の徳』ルクスリアが代表して答えた。
「お誘いは大変名誉な事と感謝いたしますわ、然し(しかし)ながら我等の忠義を捧げるお方は『真なる聖女』コユキ様と、対なる『聖魔騎士』様のみと心に決めて居ります、残念ですが今回はご縁が無かったと諦めて下さいませ」
丁寧な言葉とは裏腹に頭を下げる処か、アスタロトから視線一つ外さずに油断無い警戒を隠そうともしない七大徳たち。
その間に、善悪に対して慌しく耳打ちをするモラクスとアジ・ダハーカ、ラマシュトゥの知性派の三人。
なにやら納得顔で頷いた善悪は漆黒の念珠アンラ・マンユを大仰(おおぎょう)に構えると聖魔力を込めていく。
アスタロトは善悪の行動に気付く事も無く、話しを続けるのであった。
「そうか、聖女に仕えると言うなら仕方ない…… では仕えるべき対象を始末するか、とは言え、未だ不完全なこの身では些か(いささか)心もとない、念の為、人間の想念に落ちぶれた魂を取り込んで完全体に近付くとしようか」
その言葉が余程恐ろしかったのか、一体の巨体を分割して、七体の人型に戻った新大罪の七人は小さく丸まってガタガタと震え出した。
玉座の上で蛇の半身をくねらせながら、灰色の右掌を彼等に向け、真っ黒な長い爪の付いた指を揺らめくように蠢かせるアスタロト――――
「アンラ・マンユ! 封珠!」
突然叫んだ善悪の声に答えるように、丸まって震えていた新アンラ・マンユの七大罪は、漆黒の念珠に向けて飛び込んで来た、不思議な会話が善悪の頭の中に聞こえる。
『あ、お邪魔します』
『いえいえ、どうぞ』
一切気に掛けていない風情で、善悪は不敵な笑みを浮かべアスタロトに言う。
「残念だったでござるな、これでもう拙者が解除しない限り彼等を栄養には出来ないでござるよ、因み(ちなみ)に僕チンは殺されてもゼッタイ! 解除しないのでござる」(ニヤリ)
感情の読めない青い骨の顔であったが、周囲を漂うオーラの明滅が増えた事から、怒っている事が伝わってくる。
「アンタを完全体にさせる訳にはいかないのよ! アタシの家族、妹達や甥姪までアンタの復活の贄(にえ)になってるんだからね! ゼッテェ! 返して貰うんだからねっ!」
コユキの魂の叫び、うん、分かる。
こんなに分かるのに阿保なんだろうか?
アスタロトは見当違いの言葉を口にしつつ、玉座から立ち上がったのである。
「なるほど…… たった十体の生体エネルギーでここまでの充実…… 聖女、いいや『真なる聖女』の血族だからこその漲り(みなぎり)ということか、ふふふ、ははは、がっはははははあぁぁー! 面白い、貴様と対なる聖戦士、聖魔騎士であったか? お前等二人の魂を持って、残虐と殺戮の魔王、我の復活を成し遂げてくれる、ぐふふふふふふ」
コユキは首を傾げて思う。
――――たった十体? あれ、アタシん家から奪われた魂って? 八人だったよね? 後二人って? まあ、いっか! 待っててよぉぅ! リエ、リョウコ、みんなぁー!
顎を今までに無く突き出してコユキは言うのであった。
「誰の挑戦でも受ける!!」
と、ボンバイエの流れる脳内で強く、只々強く誓うのであった……
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