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J響入団と同時に、立川音楽大学より『学生にトランペットをレッスンして欲しい』との依頼があり、侑は週二回、立川音大でレッスンを受け持つようになった。
彼の門下生は十人だったが、侑が立川音大で教え始めた年に入学してきた『落ちこぼれ門下生』と心の中で思っていた女子学生、九條瑠衣と出会う。
顎先で切り揃えられた明るめの茶色の髪と、濃茶の大きな瞳は、どこか幼さを感じるが、唇の右横にあるホクロが女を感じさせる学生だ。
『お前、よく立川音大に入学できたな。今まで色々なラッパ吹きを見てきたが、お前は最悪だぞ』
『お前、トランペット吹く時、何も考えずに吹いてるだろ。もっと意識して考えて吹け』
『お前、この一週間、何を練習してきた? 前回のレッスンの時と全く変わってないぞ? どういう事だ? このままだと実技試験は通らないぞ?』
侑のレッスンは厳しく、辛辣だと言われていたが、瑠衣は彼の言葉にもめげずに、レッスンに食らいつく。
侑は瑠衣に、レッスン中、よくこんな言葉を投げかけた。
『自分の演奏を追求する事、それは生涯勉強だ。追求する事をやめたら、演奏家として死んだも同然だ。九條。これだけはよく覚えておけ』
この言葉を聞いた瑠衣は、悔しさを噛み締めるように頷いていたものだ。
瑠衣が大学二年まで、侑は彼女をコンクールやコンテストに出場させる事はなかった。
三年になってから、国内のソロコンクールに出場させてみたが、結果は惨敗。
それでも、授業の合間やレッスン前、またはレッスン後に練習している瑠衣を見掛ける事は多かった。
ワンフレーズを吹き、自分の演奏に納得しないのか、彼女は時折首を傾げて苦悶の表情を覗かせる。
(アイツ、大学時代の俺と同じで、自分の音楽と向き合いながら、もがき続けているのだろう)
そんな弟子の姿を見ながら、侑は大学時代の自分と瑠衣を重ね合わせながら複雑な表情を浮かばせた。
『お前、大学卒業後はどうするつもりだ?』
瑠衣が四年になり、侑は進路を尋ねてみると、彼女は『……大学院に進みたい』と零した。
『更にラッパの腕を磨きたいと? 院はお前以上の実力の持ち主がゴロゴロしている。九條が思っている以上に厳しいぞ?』
瑠衣は俯きながらも、小声で自らの意思を伝えた。
『それでも……やっぱり院に進みたいです。私がトランペット奏者になりたいって思ったのは…………中学時代、東京総芸大吹奏楽団の多摩公演を聴きに行って、トランペットソロを吹いていた男性に憧れて衝撃を受けて……私もあの男性奏者みたいになりたいって思ってたんです』
その言葉に、侑は瑠衣に気付かれないように静かに瞠目した。
瑠衣が憧れて衝撃を受けたトランペット奏者とは、まさしく侑の事だったのだから。