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『……そうか』
侑は、瑠衣にポツリと答える。
まさか彼女が自分に憧れて衝撃を受け、将来トランペット奏者になりたいと思っていたとは考えもしなかった事だった。
(俺は一人のラッパ吹きの人生に、多大な影響を与えていたという事か……)
この時を境に、侑は大学院に進みたいという瑠衣の指導に、熱を注ぐようになっていく。
(九條を、俺をも超えるトランペット奏者に育て上げなければ。九條の人生に対する責任のようなものを、俺が取らなければ……)
彼は、何としてでも彼女の希望を叶えたいと思った。
そのためにも、生半可な指導をしてはいけない。
レッスン中にも苛辣な言葉は瑠衣に飛び続け、彼女も、トランペットに対する意識の持ち方が変わってきているのを感じ、過酷なレッスンは瑠衣が卒業する二ヶ月前まで続いた。
その甲斐があり、大学院の入試を見事に合格した瑠衣は、早速師匠の侑に報告した。
『響野先生のお陰で、大学院に合格できました。ありがとうございました……!』
『そうか。良かったな。だが、これに甘んじる事の無いよう、しっかり自分の演奏と音楽を追求し続けろ。いいな?』
『はい! ありがとうございました!』
瑠衣は深々とお辞儀をし、顔を上げると、彼女は泣き笑いの表情を浮かべている。
レッスン中は、涙を堪えながら唇を噛み締めている瑠衣しか見た事がなかったのに。
その面差しを見た侑は、何故だか胸の奥がギュッと苦しくなっていくような感覚に陥った。
(院に上がっても、俺はコイツを『一人のトランペット奏者』として、指導していくんだろうな)
侑の気持ちは、既に大学院へ進学した時の瑠衣に、どういう指導をしていこうか、などと計画を考えていて、思わず心の中で苦笑する。
しかし、そんな彼の思いは、瑠衣の大学院合格の報告を受けた日の夜に、幻のように消え去っていく出来事を突き付けられた。
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