扉につけられた鈴が来客を告げる。最初は慣れないお店にビクビクしていた春華も、今はもう色とりどりの花に目を奪われている。
「いらっしゃいませ!どんな花をお探しですか?」
奥から現れた若い女性の店員に春華が探しにきた花を告げる。すると店員は困ったように眉尻を下げた。
「向日葵……ですか。この異常気象でほとんど枯れちゃってまして、在庫確認してきますね。」
そう言って奥に消えていった店員の方を見つめ、春華は言う。
「やっぱり向日葵は無理かな。寒さに強い花にした方が良いかな。」
少し落ち込んだような彼女の元に、先ほどの店員が戻ってきた。その手には小さな鉢植えがあった。
「まだ育ちきってない小さな向日葵ならあるんですが、これでも大丈夫ですか?」
その言葉に春華の表情が明るくなる。店員から受け取った向日葵は東を向いた小さな蕾だった。それでも彼女には充分なようで、とても大事そうに細い腕で抱いている。
「これで大丈夫です!いくらですか?」
幸せそうな春華を見て、店員は嬉しそうな表情を見せる。
「実はそれ、弱ってきてて売り物にはならないんだけど、そんなに向日葵が好きならタダで譲るよ。大事に育ててくださいね。 」
店員は目を細めて笑う。春華は店員と向日葵を交互に見るとはにかんで笑った。
「綺麗に咲いたら報告しに来ますね!本当にありがとうございます!」
そう言って深々と頭を下げると、僕たちは店を出る。少し歩くと春華は振り返って大きく手を振った。店先に立つ店員は僕たちに軽く手を振りかえしてきた。その姿に春華は満足そうな様子を見せる。僕たちは向日葵を抱いて学校へ向かった。
教卓に置かれた花瓶を手に取る。そのまま水道に向かい蛇口を捻る。花瓶に水を入れ、濡れた側面と手を拭いて顔を上げると、向日葵の準備を終えた春華がこちらへ向かってきていた。春華から受け取った蕾をガラスの花瓶に活けると春華の目がキラキラと期待に輝く。教卓の上に置いたガラスの花瓶に太陽が煌めく。最後に蕾を太陽の方向に向けて僕たちは一息つく。
「この向日葵が咲くの楽しみだね。」
春華は愛おしそうに向日葵を見る。そんな春華を見て僕は思わず呟く。
「この向日葵が咲く時までには2人で一緒に学校に通いたいな。」
僕の言葉に春華は面食らう。その様子を見て、僕は春華にとんでもない失言をしてしまった事に気がつく。春華の病気は、とても難しいもので完治するのはほぼ不可能と言って良い。いつ発作が起きてもおかしくない状態を今までずっと続けてきた。最近は安定しているから今日は特別に出られただけで、その体はいつも死と隣あわせなのだ。当然、病院かそれ以外かでは生存率に雲泥の差ができる。つまり、一緒に学校に通いたいという僕の我儘は春華の病気が完治しないと実現できないものだ。それが不可能だと知りながら願う事は傲慢以外の何物でもない。そして、それを誰よりも願っている人の目の前で言うのは何よりも……。
「ごめん春華。」
春華への謝罪が僕の口を衝いて出る。僕は大切な人を傷つけてしまったかもしれない。謝ることが何の慰めにもならない事を僕は知っているけれど、謝る事しかできなかった。
「なんで謝るの?私は夏輝が私と一緒に学校行きたいって言ってくれて嬉しかったよ?」
一瞬、何を言われたかわからなかった。怒られる事を覚悟していたのに、予想外の言葉をかけられて脳の反応が鈍い。
「いや、病気の事をよく知らないのに軽率な事を言っちゃって傲慢だったなって。」
「んー、それこそ傲慢じゃない?私は嬉しかったのに傷つけたって思い上がって、傲慢だよ。」
言ってることの意味がわからないとでも言うようにポカンとした表情で春華は言う。すると春華は顎に手を当て考え込む仕草を見せる。
「それに夏輝は知ってるでしょ?謝る事がなんの慰めにもならないって。それなら私は謝るより明るい未来を2人で語りたいかな。」
一気に喋ると、一息ついて春華は続ける。
「暗い未来を想像するより明るい未来を創造していきたいじゃん?だから、はい。」
春華が僕に右手を差し出してくる。意図が読めず、春華を見ると少し照れくさそうに彼女は答えた。
「夏輝の申し訳ないって気持ちを無視するのも良くないから、2人の握手で仲直りしよって事。」
差し出された手を見る。爪の先まで手入れのゆき届いた春華の華奢な手を見る。いつまでも手を見るだけで動かない僕に痺れを切らしたのか春華は無理やり手を取ると強く握った。
「これで仲直り。もうこの世の終わり見たいな顔しないでよねー!」
そう言うと春華は少し舌を出して笑う。僕、そんなひどい顔してたの⁉︎恥ずかしいやら手を握れて嬉しいやら、色々な感情でぐちゃぐちゃになって顔を覆う。
「そうだ!言い忘れてたけど!」
春華が急に大きな声を出す。吃驚して顔の覆いを外すと春華がニヤニヤとした笑みを浮かべて言った。
「いつか病気が治った時に、1人じゃ行けないかもだから登下校の時に私の家まで来てよね!」
屈託のない笑みを僕に近づけてくる。その笑顔が直視できずに少し視線をズラす。それでも春華の視線を強く感じて、思わず頷いてしまう。それを見た春華が満足そうに頷くのを見て、僕は冷静になる。これって2人で一緒にって事だろうか。今の僕はきっと、人前に出せない顔をしている。それを誤魔化すように僕は教室の外へ飛び出す。
「春華!早く次の場所に行こう!どこに行く?」
かなり無理のある話題変えだが、ありがたい事に春華は気にしなかったようだ。
「それじゃあ向日葵モール!」
春華はこの地域で最も大きいショッピングモールの名を挙げた。それを聞いた僕は先に昇降口へと向かう。外に出ると、僕の少し後を春華がついてくる。何かが変だった。
「雪が弱くなってる?」
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