向井家の賑やかな食卓は、父康二が腕をふるった色とりどりの料理がいつも所狭しと並んでいる。その真ん中で一番場所を取っているのは、康二自慢のチンジャオロースだ。田舎の母の直伝の自慢のレシピらしい。
「みんないっぱい食べ。コラ、真都は野菜も食べなあかん!」
「え~。ピーマン嫌い。や~だ~」
「見てみ。お兄ちゃんはちゃんと食べてるやろ」
「だって俺、部活で腹減るんだもん」
「蓮、仕方なくみたいに言いなや!」
この家の長男は蓮。今年で中学2年生になる。弟の真都はまだ小学4年生だ。食べ盛りで元気なこの家の子供たち二人に挟まれるようにして、もうひとり可愛いらしい男の子が肩身狭く座っていた。名前は渡辺亮平。実はこの家の子供ではないのだが、事情があって大体いつもこの家で夕食に参加している。
この家の主婦である大介は、そんな亮平を見て声を掛けた。
「亮平くん。遠慮しないでいっぱい食べな~」
「……はい」
小さな頃からたびたびお世話になっているとはいえ、来年高校生の歳になる中学3年生の亮平は、生来の引っ込み思案な性格と、来年は働ける年齢になるという遠慮からか、近頃は少し他人行儀に見えた。大介は、そんな亮平を心配して言った。
「亮平くん。うちは迷惑なんかじゃないよ。ちゃんと翔太から食費だって貰ってるし、蓮や真都も亮平くんの兄弟みたいなもんなんだから。もっと甘えてほしいな」
「……はい」
「…………」
亮平の母親の渡辺翔太は、昔からの大介の親友だ。
亮平を身籠った時、既にパートナーと別れていた翔太が、どうしても一人で産むと言うので、無理やり自分の家の近所に住まわせた。そして翔太が亮平を産んでからはシングルマザーの翔太に替わってずっと亮平を育てて来たのは大介と康二の夫婦だ。
ちょうど一年遅れで長男の蓮が生まれて、二人はそれこそ実の兄弟のように仲良く育って来た。蓮の弟の真都が生まれてからも、真都は蓮よりよっぽど亮平に懐いて、一緒に絵本を読んだり、今では勉強を見てもらっている。大介は亮平に感謝こそすれ、邪魔に思うことなどなかった。
「別に兄弟じゃねぇよ。俺ら、血、繋がってないもん」
蓮が口を尖らせる。
すかさず、康二が蓮の頭をはたいた。
「いてっ!!」
「意地悪言うなら、おかずなしやで」
「…………」
ふくれっ面の蓮を大介が叱ろうとした時。玄関のチャイムが鳴った。
「お母さんかな?」
亮平は席を立ち、玄関へと走った。
時刻は夜の7時を回っている。翔太は平日のこの時間くらいになると、一度、亮平の顔を見に、必ず大介の家に寄ってから勤務先へと出掛ける。それからは大体明け方まで仕事で帰って来ない。昼過ぎまで寝て、夕方に仕事へ出る。完全に亮平とは生活する時間がずれてしまっていた。
「やっほ~。亮平。元気にしてる?」
「さっき会ったでしょ」
「そうだっけ?俺、寝てたから。ちゃんと起こしてくれればよかったのに」
「一瞬起きてた」
「ふはっ。全然覚えてねぇわ」
けらけらと笑う明るい母。翔太は、亮平の頭をぽんぽん、と撫でた。
亮平はこの母のことが大好きだった。どんなに忙しくても家に帰ると、家の中は埃ひとつ落ちていないほどの綺麗好きで、洗濯物もいつも綺麗に畳まれている。そして、何より翔太はクラスメイトのどの母親よりも美しかった。ともに過ごす時間こそ少ないが、翔太はいつも亮平のことを一番に考えてくれる。
仕事の関係で家であまり会えないのは寂しかったが、自分の学費のために必死で働いてくれている翔太のことを亮平は尊敬していた。仕事の愚痴ひとつこぼさず、立派に自分に衣食住を与えてくれているのだから。
「母さん、俺さ」
「ん?」
「しょうた~!!!」
夕飯を終えたらしい真都が、二人の間に割り込んで来た。真都は翔太のことが昔から好きで一番懐いている。真都が翔太をハグしてその側から離れないので、亮平は翔太に、ここのところの自分の悩み事を相談することができなかった。
「ご馳走様でした。おやすみなさい」
「亮平くん、泊ってってもいいんだよ?」
引き止めるように大介が言うと、蓮が冷ややかな調子で口を挟む。
「母さん、亮平は勉強あるから」
「そっか。……って、お前らも少しは勉強しろ!」
叱られて藪蛇な蓮は、説教が始まる前にさっさと自室へ逃げて行った。亮平が頭を下げると、玄関先でそのまま大介と真都が見送ってくれた。
「じゃ、また」
「亮平、ばいばーい」
すっかり暗くなった道を、亮平は家へと急ぐ。
最近は、あの家にいると胸が苦しくなる。中学2年になって急に大人びて来た蓮が、ここのところ、何かと亮平を邪魔者のように扱うからだ。さっきも、『血が繋がってない』なんて…。
「俺だって家族だなんて思ってねぇよ」
亮平は暗がりで一人ごちる。
これから帰る一人ぼっちのアパート。 明け方まではたった一人だ。でも静かに一人で勉強ができるこの時間が、亮平は嫌いではなかった。新しい知識を得て、様々な問題を解いていく行為は自分の神経を研ぎ澄ませ、孤独な時間を前へと進めてくれる。それに何より、難問を解いた時の充実感は、ちょっと他では得られない嬉しさがあった。
「蓮が試合でシュートを決める時も、こんな気持ちだったのかな」
蓮が小学校時代から真剣に打ち込んでいるサッカーをふと思い出し、亮平は懐かしく、頬を緩ませた。
今と比べて、小学生くらいまでの蓮は、可愛かった。
自分より年下なのに、なぜかいつも前に出て亮平を守ろうとした。外に出掛けると、繋いだ手をずっと離さず、俺について来いと命令した。
そんな蓮を見ると、母はいつも、頭を撫でて、『騎士とお姫様みたいだね。うちの子をよろしくね』と言った。蓮は赤くなって言い返す。
「からかうなよ!翔太のバカ!!」
やがて蓮がサッカーと出会い、亮平と遊べなくなると、今度は亮平が、蓮の試合に応援に駆け付けた。そして蓮も、亮平が見に来ていると張り切って試合に臨んだ。
……実は亮平にとっては、蓮が初恋の相手だ。
今ではすれ違いが大きくなってしまったけれど、今でもその時の自分の心を思うと恋だったとしか思えない気がする。 昔の蓮のことを想うと胸の奥がじんわりと温かい。
そんな自分たちももうすぐで離れ離れになる。そして亮平は、母の家計の負担を減らそうと働くことを考え始めていた。勉強は大好きだけど、昼夜逆転で身体を酷使している母を経済的にも何とか助けたい。
そして母にもそろそろいい人を見つけて幸せになってほしい。大きくなった亮平はそんなふうに考えるようになっていた。
コメント
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面白かったです! 続き待ってます😊
えー!?スタート同じでこんな分かれるの天才すぎん? もうこっちの🖤💚が楽しみすぎてただただ禿げていく