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ゾクッと背筋に冷たいものが走った。
見破られたというか、プレッシャーを放っているというか。兎に角嫌な気だった。
(でも、私達明らかにあっちからしたら怪しいもんね……)
きっと、弁解しようがないし、バレているんだと思う。けれど、こちらの出を伺っているのか、神父は核心を突く言葉は言わなかった。それとも、分かっているから、いつでも捉えられるとでもいうのだろうか。
危険な目に遭わなければいいと思ったが、ブライトについてきたいじょう避けられないものだったのかも知れない。
「エトワール様、大丈夫ですから」
と、私の腰を抱いて、じっと相手を見据えているグランツが小声でそう言った。
いつもなら、大丈夫じゃないよ。といっているところだが、慣れすぎて感覚が麻痺しているのか私はコクリと頷いた。もう本当になれてしまったのが恐ろしい。
「何のことをいっているのか、分かりませんね」
ブライトは、ケロッとした顔で答えた。クスリと、口元に手をやって無垢な人間を演じている。神父もそれを見て、シラをきり通すつもりのブライトの意図をくみ取ったのか、同じようににこりと返した。
「そうでしたか、私の勘違いのようですね。どうも、混沌を信仰するといった気がないように思いまして」
と、神父は私達に謝った。
それが、演技だと分かっているから胡散臭く思えたし、私達か神父かどちらかが折れて正体をバラすまで続くのだろうと思うと、気が遠いような気もした。ブライトはいうつもりがないような態度でいるため、きっとあぶり出すつもりなのだろう。そういうのが得意そうだ。
「それにしても、つかぬ事をお聞きしますが、貴方方はどこから参られたのですか?」
神父は、私達に向かって質問を投げた。私達が、混沌のことを敵視していることは分かっていても、その正体は分からないようだった。ただ、どこからかきたスパイのように思っているだけで、その実正体を未だ探っているようだ。
ここで、どう答えるべきかと考えていると、ブライトではなく、グランツの方が先に口を開いた。
「ラジエルダ王国の近海の島からです」
「……え」
何故、その国の名前を出したのか、またその近海の島と言ったのかは分からない。だが、グランツは、嘘ではないように真剣に言うため、引き込まれてしまった。
神父の方も驚いたようで、「ラジエルダ王国?」とその国の名前を繰り返していた。今や、裏切りによってヘウンデウン教の手に堕ちた国で、その近海に住んでいるといったらもうヘウンデウン教の手先のように思えてしまう。けれど、裏を返せばそこにいてもまだ信仰をしていなかったのかと、疑われるのではないかとも思ってしまった。
グランツがどういう意図があってそう言ったのか、この後の会話をどう続けるのかは気になるところだった。私は、「……え」といってしまった手前、これ以上下手なことをいわまいと口を閉じる。そんな私の様子を神父は横目で見ながら、興味があるとでもいうように、グランツの話を聞かせてくれとせがんだ。
「ラジエルダ王国の近海の島ですか」
「はい。小さな島なので、大国との交流も少なく、ほぼ自給自足の生活をしています。そのため、女神も混沌もそう言った大きな存在への信仰心がなかったのです。ですが、ラジエルダ王国からやってきたヘウンデウン教という宗教団体の話を聞き、混沌に興味を持ったのです。そして、今日は遠路はるばるここに来ました」
と、つらつら言葉を並べるグランツに、私も聞き入ってしまっていた。グランツはあまり表立って喋るタイプではないので、そういうのが苦手なものだと思っていたが、こう嘘なのか本当なのか分からなくなる話を出来るのが正直驚いたのだ。
神父も聞き入ってしまっており、次は、次は! と目を爛々と輝かせている。
その様子から、本当に混沌を信仰しているものだと思った。
「エトワール様、少しいいですか」
「何? ブライト」
神父はグランツに任せ、私はブライトに話し掛けられ、教会の隅の方に移動した。
「もう気づいていると思いますが、神父には我々の正体はばれています。それで、泳がされている状況です」
「う、うん……だと思った。だって、怪しいって思うよね……というか、私が足を引っ張っちゃって」
嘘をつくのは苦手だ。
すぐにばれる嘘というか、別に嘘をつくのが良心が痛むとかいう理由ではなく、本当に単純に嘘をつくのが苦手なのだ。そして、黙っていれば良いものの好奇心が働いて余計なことをいってしまう。そうして、作戦を台無しにしてしまったのではないかと思ったのだ。
ブライトは「大丈夫です。僕も無理言って連れてきてしまいましたし……」と悪くもないのに謝ってきた。それが本当に申し訳なくて、もうこういう潜入だったり、聞き込みだったりは余計なことをいわないでおこうと決めた。
出来るかどうかは分からないし、ない事にこしたことはないのだけれど。
「でも、グランツ凄いよね……」
「何がですか?」
「ほら、あの今話している話し。あんなに嘘というか、作り話が出てくるものなんだなあって思って……」
私は、感心するよね。と言う意味も込めてグランツを見たが、ブライトは急に浮かない表情になった。顔が曇ったブライトにどうしたのかと尋ねれば、ブライトは少し俯いてゆっくりと口を開いた。
「違います、エトワール様」
「違うって、何のこと?」
私がそう尋ねれば、ブライトは言いにくそうにグランツを見た。
耳を傾ければ、まだグランツはラジエルダ王国と混沌のことについて神父と話していた。神父は私とブライトの存在など忘れて、その話を聞いて相槌をうち、時々納得したように「ほう」と声を漏らしていた。そんなにも興味深い話なのかと。
だが、ブライトはそれを「違う」といった。何が違うのかと、気になってグランツノはなしに耳を傾けるが、私の知らないことばかりで、そもそもラジエルダ王国の事についてもあまりよく知らない。アルバも知らないみたいだったし、光魔法の魔道士や平民は知らないものだと思う。
なら、何故平民上がりの光魔法の魔道士であろうグランツがその事を知っているのか。
闇魔法のアルベドは、その国についてグランツと同等に詳しかったが、彼よりもグランツの方が知っているような気がした。博識なのか、たんにその存在を知っているだけなのかはよく分からなかったが。
「ブライト?」
「僕の口からは本当のことは言えませんし、実際にラジエルダ王国を訪れる前に、あの国はヘウンデウン教の手に堕ちました。なので、文書などからしかラジエルダ王国の本来の姿や歴史は分かりません」
「つまり、ブライト達の世代はラジエルダ王国について何も知らないって事?」
「はい。そこに行ったことがない人間の方が多いと思います」
と、ブライトは言うと目を伏せた。長いまつげが影を落とし宗教画みたいだと見惚れつつも、ブライトの言葉が正しいのなら……と、疑問が頭を埋め尽くした。
だとしたら、グランツは一体何なのか。
答えはある程度出ているはずなのに、確証が持てないのも、そうだと言い切りたくないのも、きっと此の世界がゲームで、ゲームではそんな情報が一つもなかったからである。グランツのストーリーを進めていく上で、ラジエルダ王国の事については何も触れられなかった。最終決戦がそのラジエルダ王国だったことはうっすらと覚えているけれど。
「グランツって、ただの平民じゃなかったの?」
「…………平民だったと思います。つい最近までは」
その言い方が、どうも引っかかったが「つい最近までは平民で、護衛騎士になって昇格した」という意味にも捉えられるので、きっとその意味で合っているのだと私は聞かないことにした。多分、聞いたとしてもブライトは教えてくれないだろうから。とすると、後からグランツに直接聞いた方がいいと、私は考えた。
本当によく分からないことだらけだ。
はぐらかされたのが嫌とかそう言うのではなく、自分の知らない情報が入りすぎて頭が痛いだけだった。
「でも、本当に不思議だと思う」
「グランツさんの事ですか?」
「うん。平民で、ユニーク魔法を使えて……まあ、他にも色々不思議なことだらけだから、あげだしたらキリはないけど」
「そうですね。僕も不思議です」
と、ブライトは知っているのか、知らないのか曖昧な返事をした。
「――――しかし、妙ですね」
ぽつりと、そう零したのは神父だった。
顔を上げれば神父が何やら考え込むように私達を鋭い眼光で見つめ、また恐ろしく口角を上げてニヤリと不気味に笑う。
「ラジエルダ王国は、貴方方の年代の若者は知らないはずですが、何故そこまで詳しいのか……嘘か、でっち上げか。どちらでもいいですが、これ以上貴方方が正体を隠して私に近づく理由はあるのでしょうか?」
と、ようやくしびれを切らしたか、あちらから自分が敵であると表明する言葉を放ったため、私とブライト、そしてグランツは一気に背筋が伸び、臨戦態勢に入った。そこまで、温厚だった神父の面影はなく、くつくつと喉を鳴らして私達を馬鹿にするように笑い出した。
「大方、ラスター帝国の皇帝の回し者でしょうが、私達の邪魔をするのなら、私の教会から出て行って下さい」
そう言って神父が指を鳴らした途端、それまで感じていた視線が一気に私達に集中し、闇の中から虚ろなめをした人達が数十人と現われた。