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日替わりオニギリが炊き込みご飯だった日。狭い店内にはほんのりと醤油と出汁の香りが漂い、レジ待ちの列に並ぶ学生達の待ちきれない腹の音が聞こえてきそうだった。
人参と油揚げ、こんにゃくとゴボウ、そして安く仕入れることができたシメジをたっぷり炊き込んだご飯を、真知子は手際よく三角に握っていく。それを白ご飯に海苔を巻いた鮭と梅のオニギリと一緒にパックに並べて厨房のカウンターに置くと、ツバキが順に蓋をして輪ゴムで留めてから客へと手渡していく。完璧な連携プレイ。
全てのパックが売り切れた後、ツバキは店の前に立て掛けていた『営業中』ののぼりを取り込む為に外へ出た。柔らかい風にユラユラなびいていた赤色の目印を、挿していたプラスチック製ののぼり立てから抜いていると、通りを曲がってきた男子学生が後ろから少し焦ったような声を掛けてきた。
「あ、あのっ……」
「申し訳ありません。本日の分は、売り切れてしまいました」
振り向いてみれば、ここ最近よく見かけるようになった学生の一人。つい先日もサークルの時に食べたいからまとめて予約できないかと問い合わせてきた子だ。今日は来るのが遅くて買いそびれてしまったのだろうかと、ツバキは丁寧にお詫びの言葉を口にする。
けれど、学生はふるふると首を横に振った。
「違うんです、今日はオニギリじゃなくて。その……」
声を掛けたものの何て説明すればいいんだろ、と当人もなぜか困惑しているみたいで、後ろ頭を掻いて首を捻っている。
「同じサークルの女の子が、何か困ってるみたいで……ここん家が、そういう相談に乗ってくれるとこだって聞いて……」
「お祓いの依頼ということでしょうか?」
「あ、そう、そうです! 昨日、一人で来たっぽいんだけど、どうも黙って置いてったみたいで、だから絶対怒られるって言ってて――」
又聞きの相談事というのは厄介だ。知り合いの女の子のことを心配しているのは察することができるが、肝心なことがまるで伝わって来ない。ただ、彼の知り合いというのが、昨夕に門の前に大量の縫いぐるみを不法投棄していった犯人だということだけは分かった。後ろめたいことがあるから、本人が来れず代理を立てたということか。
どちらにしても道端で聞く内容ではなさそうだ。ツバキは店のある離れではなく、屋敷の玄関の方を示してそちらへ回るようにと伝えた。今朝まで門の前にあった紙袋は朝一で通報したことで役所の手配により回収されたようでもう跡形もない。
「人ん家の敷地に黙ってゴミを捨ててくのは犯罪なんだけどねぇ。そのお友達ってのは、少し常識が足りない」
手拭いと割烹着を脱いで、菫色の着物に身を包んだ真知子が、硬い表情で正座する男子学生に向けてワザと厳しめに言い放つ。学生は荒川泰明と名乗り、すぐ目と鼻の先にある大学の三年生で、相談したいのは二学年下の後輩のことだという。
「はい。オレも最初に話を聞いた時は、同じことを思いました。意外と非常識なヤバイ子だったんだなって」
「まあ、よっぽど怖い思いをしたんだろうけどさ。そういうのはあんた達先輩がしっかり教えてあげなきゃいけない」
こじんまりした店でオニギリを握っている真知子しか知らなかった荒川は、目の前にいる和装の老女にかなり萎縮しているようだった。通された和室の床の間に飾られた花瓶も掛け軸も、見るからに価値のありそうな骨董品。デニムにパーカーで気軽に訪ねてしまったことを悔んでいるといったところか。
「で、肝心のその後輩はどうしてるんだい?」
「怖いから自分のアパートには帰りたくないって言ってたんで、サークルの部室で他の部員に付き添って貰ってると思います」
「何にせよ、本人が直接来て、その問題のものを見せてくれないことにはねぇ……」
捨てたはずの縫いぐるみが、朝起きると枕の横に座っていた。そう喚きながら、普段はフルメイクでお洒落に定評のある後輩――光井桃華が、スッピンにマスク姿で部室へ飛び込んできたのは、荒川が一限目の講義をサボって長椅子で仮眠を取っていた時だ。
「怪奇現象とかを研究するサークルのヤツから、ここん家のことを聞いたらしくて。霊とか妖怪とか、オレは全く信じてなかったんですけど」
「探せば人形供養を請け負ってる寺や神社なんて、いくらでもあるだろうに」
「地方から出て来たばっかの子なんで、土地勘が全然らしいんです。住んでるアパートもすぐ近くみたいなんで、ここが一番近かったからって」
だからって、そんな散歩のついでみたいにゴミを置いてかれては堪らんと、真知子は呆れを含んだ溜め息をついた。ふと部屋の隅に視線を送れば、堂々と盗み聞きに侵入して来ていたアヤメとゴンタが退屈そうに欠伸を洩らしている。
「あんまり大物な感じはしいひんな。狐が行って、ぱくって食ってきたったらいいやん。今回の依頼はちょろそうやなー」
「由緒正しい妖狐が、そんなものを喰うわけないだろ!」
二体が好き勝手なことを話しているのを、真知子は眉を寄せて苦笑いしていた。