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「じゃーね澪!
明後日バスターミナルでね!」
「またな、広瀬」
「うん、またね!」
私は杏と佐藤くんに手を振り、写真を撮るクラスメイトの間を抜けた。
教室を出ても、みんな卒業証書を片手にあちこちで写真を撮り合っている。
校門前は人だかりだった。
見知った友達に手を振り、駅へ向かう。
熱気のようなざわめきから離れたところで、私は足を止めた。
―――――――――――――――――
レイへ。
今日高校を卒業したよ。
―――――――――――――――――
メールを送り、顔をあげれば、すみれ色の空の端が少し霞んでいた。
通い慣れた通学路。
ここから空を見上げるのも、今日が最後だ。
一週間前。
私は杏に電話して、レイに会いに行かないと伝えた。
驚いていた杏は、わけを話すと少し黙ってから言った。
「よし、澪!
それなら私と一緒に卒業旅行に行こう!!」
杏の提案が嬉しくて、電話しながら少し泣いたのは内緒だ。
約束した卒業旅行は明後日。
県外の遊園地に、夜行バスで遊びに行く予定だ。
お風呂上り、部屋に戻るとレイからメールが届いた。
―――――――――――――――――
卒業おめでとう。
澪が卒業なんて、なんだか不思議な感じがするよ。
―――――――――――――――――
私は苦笑した。
レイが英語の授業に来たことを思い出す。
あの日中庭で1年生に絡まれて、「レイと付き合ってる」と嘘をついて、頬にキスをしたこと。
まだ半年ほどしか経っていないのに、もうずいぶん昔のことみたいだ。
卒業旅行は楽しかった。
遊園地の規模が大きくて、一番大きなジェットコースターは乗ると心臓が飛び出そうだったのに、あれを連続で乗ろうとする杏はすごい。
旅行から帰ってすぐ、杏と佐藤くんと一緒に、一週間限定の工場バイトもした。
時間は朝9時から夕方5時まで。
こうして杏たちと一緒にいると、卒業していても実感なんてわかない。
バイト最終日。
着替えて杏と外に出ると、通用口で佐藤くんが待っていた。
「お疲れ、やっと終わったなー」
「ほんと、疲れたー!
ねぇ、今から3人でなにか食べにいかない?
ぱーっといこうよ!」
杏は佐藤くんの傍で振り返って言った。
「澪は? 行きたいとこある?」
「そうだなぁ……」
駅へ向かいながら考えていると、佐藤くんが言った。
「店は電車の中で決めようか。
とりあえず家に連絡しとこう」
「そうだね」
スマホを出した佐藤くんに倣って、私もスマホを取り出す。
だけど触れても画面が真っ暗なままで、電源を押しても反応がなかった。
「……私、充電切れてるかも」
「えー、ほんと?」
「うん……なんか最近調子悪くて」
ここのところバッテリーの調子が悪いのか、電池残量があっても落ちることがある。
「それなら私ので電話しなよ!」
「ありがとう。借りるね」
杏のスマホを受け取ってすぐ、手の中でメッセージが届いた。
「あ、杏。なにか来たよ」
「え?」
スマホを杏に戻せば、画面を見て杏がとても困った顔をした。
「ん? どうしたの?」
「二ノ宮、これ」
私の横で、佐藤くんも弱った顔をして杏にスマホを見せる。
「あぁー。
お母さん、佐藤くんにも送っちゃったんだ」
「どうしたの?」
「いや……。
うちのお母さんがね、お父さんが今日佐藤くんを呼んで欲しいって。
一緒にごはん食べようって言ってるって……」
「えっ、それなら行かなきゃじゃん!」
思わず杏を覗き込めば、弱った目とぶつかった。
「でも……」
「私のことはいいから。 ほら、急いで帰ろう」
「佐藤くんも」と言えば、彼も弱ったように眉を下げた。
「……ごめんな、広瀬」
「ごめんね澪。
また一緒にごはん食べよう」
「うん、約束ね」
電車に乗り、10分ほどで杏たちの乗り換え駅に着いた。
ドアが開く直前、私は佐藤くんに冗談めかして言う。
「頑張ってね。
杏のお父さん、杏にべた惚れだから」
「ちょっと、澪ー!」
乗客が動き、私はふたりに手を振った。
「またね、お疲れさま!」
電車が発車して、手を振り返す杏たちが見えなくなると、私は車内を見渡した。
少し先に席があいている。
そこに座った途端、堪えていた息がこぼれた。
本当は羨ましかった。
当たり前みたいに一緒にいられる、杏と佐藤くんが。
彼氏を家に呼んで、家族と食事をするなんて、私には絶対叶わないことだから。
窓の外は薄闇に包まれている。
ふたりの笑顔を思い出していると、レイにメールを送りたくなった。
ダメもとでスマホを掴んだ時、脇ポケットの腕時計が見えた。
私は少し迷って、腕時計をつけた。
私がつけてもやっぱり違和感しかなくて、似合わないそれを見て苦笑する。
最寄り駅のアナウンスが流れた。
外そうとベルトに触れて、私はなにもせず立ち上がった。
……やっぱりやめた。
今日はこのまま帰ろう。
私にとってのレイは、今はこの時計だから。