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廉は、優子の顔を覗き込みながら問い掛ける。
「いえ、一度もなかったです。ですが……」
壮麗な夜の景色を見やっていた彼女が、徐にまつ毛を伏せていく。
「先日……たまたま、元恋人が…………奥さんと一緒にいるところを見掛けて……」
優子は、ハァッと短く息を吐き出した後、辿々しく話を繋いでいった。
「私と付き合ってた頃は、手も繋ぐ事すらなかったのに…………奥さんとは、手をしっかり繋いで…………彼は、蕩けるような笑顔を見せたり……人目も憚らず、奥さんの頬に触れたりして……」
私は何を専務に話しているのだろう、と思いつつ、優子の中には、羨望が湧き上がり続けて止まらない。
彼女の頬の辺りに感じる、刺すような眼差しから逃れるように、優子の燻っていた思いを、澱みなく溢れさせる。
「私も…………優しく頬を撫でられたかった……。私も……甘い声で…………『優子』って……呼ばれたかった……。私も…………彼から……愛され…………たかっ……た……」
彼女の視界が次第に歪んでいき、言葉尻が掠れていくと、膝の上に乗せていた白いバッグの持ち手を、ギュッと握りしめる。
「…………大好きだったんだな。その彼の事」
優子の胸の内を無言で聞いていた廉が、横浜の夜景を見つめたまま、ひと言だけポツリと零すと、彼女は、ぎこちなく頷いた。
「廉さん…………」
「どうした?」
「週末、私とセックスばかりして…………恋人に怪しまれてませんか?」
優子は、廉に恋人がいる前提で話を振ると、彼の面持ちが、徐々に訝しげなものに変わっていく。
「恋人はいない」
廉がキッパリと言い切り、彼女に眼差しを包み込む。
「いないんですか? イケメンだし、性格もいいし、次期社長になる方なのに」
重苦しい雰囲気を払うように、優子は敢えて明るく振る舞うと、彼は眉間にグッと皺を刻ませる。
「付き合う事はなかったが……」
廉は、言いあぐねているのか、フウッとため息をついた後に、唇をうっすらと震わせた。