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二人で暮らしていたこの地下空間も今では私しか居ない空間にと変わってしまいました。ただでさえ広かったのにあなたがいなくなったというだけで何倍も何十倍も広く感じ、悲しささえもぶり返してくるほどだった…。
今ではあなたが暮らしていた地上の寮で生活をする日々を送っています。最近は窓の外を見ることが多くなりました。
窓の外から見えるは荒れ果てた街並みばかり。空は未だ青空を見せず、灰色の世界が私の眼に映る。その空模様は私の今の気持ちを代弁しているかのような、そんな空だ。この世界で生きているのは私だけ……もうあなたはここにはいない…けど、確かに私の『心』には私を生んでくれたあなたがいる。あなたがくれたものは私にとってその全てが思い出で宝物だ。
そんなことを思っているとき、ふと過去のことを思い出す。それは、あなたが書いていた小説の存在。あなたは『最期の作品だから今持てる私の全てをここにぶつけてみようと思う。』そう言い原稿用紙とにらめっこしてました。その作品を私は出来上がるまで見せてはくれませんでした。もちろん途中経過でさえも。あなた亡き今その作品が完成しているのかいないのかそれは定かでは無いですが、あなたが形あるものとして残してくれたものです。目に見えないものだけでなく見えるものでもあなたを感じたい。そう思い立ち『最期の作品』を探すため私は再び地下に戻ることにしたのです。
あなたが作品を書く時はずっと寝室のベッドの上でした。やはり大病を患っているから移動はできず、基本的にベッドの上があなたの活動場所のはず。にもかかわらず、あなたが書いていた作品は見つけられない。いくら探してもその原稿用紙は見つからない。少しの休憩を挟んでいるとき、あなたの仕事部屋に無造作に置かれた本の存在を思い出す。あの本には確かに『Diary』と書かれていた。あの本にならあなたが残した作品のことが書いてあるかもしれない。その僅かな可能性を信じて仕事部屋にと足を運ぶ。
仕事部屋に入ると『あの時』から何も変わってはいなかった。ここだけ時間が止まっているような、そんな感覚に陥るほど……。目当ての本もあの場所においてありそれを手にし、本を開く。すると最初に視界に入ったのは本の文字ではなく一通の手紙。本を読む前にその手紙を手に取り中を確認する。
マナへ
これを読んでるときには私に何かあった時だと思う。もし、何かあった…。それこそ私が病に倒れ、その命の灯火が消えたなんて事があったのなら、よりこの手紙を読んで欲しい。
まず、第一に私をどう思っていたのか分からないが、少なくとも私にはマナが私のことを友のような兄妹のような、そして親のような存在になっていたのかなと勝手ながら思っている。どんな形であれ私はマナに頼られることが嬉しく、生き甲斐のひとつでもあった。
そして君の名前の由来なんだが、由来は私の愛娘から取ったものだ。君を誕生させた理由の一つに私の心の穴を埋めるものが欲しかったのだ。
私には家族がいた。私と妻そしてマナという長女の三人家族。私がこの研究員になる前はどこにでもいる一般人だったが、私の知り合いがこの研究に携わっており、人手を求めるため私を推薦し拒否権なく私はこの研究に関わることになった。それが決まってからは妻とマナと会うことはなくなってしまった。察していると思うが、寮生活になってしまったため自宅に帰ることはほとんどなくなってしまったからだ。それでも連絡だけは出来たので定期的に連絡を取り合い、ちょっとしたことを報告したり、マナからは学校での成績話や友人とどこかに行ったという明るい連絡が多く、それが私にとって励みになっていた。しかし、時が経つにつれて外の世界は荒れに荒れていった。そのせいで連絡を取ることはほとんどなくなり、私も研究のために尽力しなければならなくなっていった。
外の世界が生物が生きることの無い絶望の土地にと変わった頃にはもうほかの研究員は精神を壊してしまい、自害する者も現れるほどだった。わたしをこの研究に誘った張本人であるその友人は、自室で首を括り亡くなっていた。足元には愛する人への置き手紙を残して……。この時の私も精神的に限界を迎えようとしていた。生きる糧だった妻や愛娘はもうのこの世界にはいない。彼女らとの最後の会話は助けを求めるものなんかではなく、変わらず日常会話だったのだから、その何気ない日常がどれほど私にとって大切なものだったのか失って改めて気付かされた。
何もかもを失った私はせめて自らに課せられた事だけはなし得ようと思いたった一人で黙々と作業を始めたんだ。その兵器を作り世にはなってから私はその人生に幕引きをしようと考えその果てに出来上がったのが君だ。しかし造る過程でどんどん君に愛着のようなものが湧いてきて見た目も私の記憶に眠る『マナ』の姿により似せて造り、遂に完成した。そして運命の時、誤作動なく無事に起動するかどうかのあの時。君が目を覚ましたあの日。目を覚ましたことを確認した私が涙を流したのはそんな事情が含まれていたんだ。結局のところは私のエゴでしかないかな。
さて、きっと君は気になってることが他にもいくつかあるはずだ。そのうちの一つが私の書いている作品だと思う。気持ち的に言えば私が旅立つ前には出来上がってると思うが、もし出来上がってなかったとして、その原稿用紙はきっと君に見られないように隠してると思う。隠し場所は色々あるが恐らくこの日誌の最後に挟んであると思う。もし、作品を読みたいのなら先にこの日誌から読んでもらえるとありがたいかな。きっとこの日誌の内容も気になってると思うから、無駄な手間ではないと思うよ。
最後になるけど、私は君を愛しているよ。愛娘の代わりではなく、もう一人の私の子供としてね。
サダハル
手紙はここで終わっていた。読み終えた頃に私はまた自然と涙を流していた。あなたの心の内を知れた。いつも頑なに自分のことは語らなかったあなたがこの手紙で本心を語ってくれ、そしてその中に私のことがあり、苦悩したことも全てを残してくれた。この手紙は私の形ある宝物。ここに記された言葉を心に刻み、この手紙を宝物として私に付けられた小さな収納箇所にこの手紙をしまう。そして手紙に描かれていた通り次は日誌に手を伸ばし本の中身を見ることにした……。