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「はいはい、では、写真を撮りますよ!並んで並んで!」
「いや、雑誌記者さん、なんだかぞんざいな物言いじゃないかね?」
野口の仕切りに、男爵が難色を示した。これは、仮ではあるが祝言。軽くあしらってもらっては困ると、不機嫌そうに意見する。
「男爵様、お言葉ですが、仮でしょ?事前の練習というか、諸々の立ち位置の確認というやつですよね?ああ、妹さんも大変だなぁ。花嫁役をやらなぎゃいけないんだから」
側から沼田が余計なことを言いだした。
「……妹って、なんだい?新聞記者さんよ?」
野口が、沼田へ向かって問いただす。
「あんた、見たら分かるだろ?」
沼田は、どう見ても妹だろうがと、月子を指し示し、野口へ得意気に言った。
それに反応したのが、もちろん、岩崎で……。
「君達には、これから何かと世話にはなるがなっ!少し、言わせてもらうぞっ!!」
これでもかと、大声を張り上げる。
ひいいと、芳子が耳をふさぎ悲鳴をあげた。岩崎の声が、いつになく大きかったからだ。
お咲も、隙を突かれ、再び驚きから尻餅をついていた。
月子も、びくりと肩を揺らし、心許なげに、ちらりと岩崎を見る。
「月子は!月子は!こう見えて!!こう見えてだなっ!!」
「……はい?こう見えて?」
野口が真顔で迫った。
「だから、妹さんでしょ?花嫁さんは、色々忙しいだろうし。妹さんなら手が空いてるという訳では?」
「ちょっと待った!新聞記者!月子は、一生懸命家事を行ってくれるのだぞ!手が空いているとは、何事だっ!」
岩崎が、沼田の言いように突っかかる。
「……京介、そんなに大きな声を出すのなら、どうして月子さんの事を妹ではないと言い切らないんだ?」
男爵が、耳をふさぐ芳子へ目をやりながら岩崎に言う。
「あら!本当!京介さん!演奏会の時は、舞台から、月子さんのこと妻だって言ったわよね。もう仮祝言を挙げたのに、何かおかしいわ!」
「いや、義姉上!それは!ですから、あ、あの時はあの時で……。そもそも、人前で言うことではないかと……」
しどろもどろになりながら、岩崎は、ぷいっとそっぽを向いた。
「新聞記者さんよぉ。あんたが、妹って言ったから、揉めてんじゃないの?余計なことしないでくれよぉ。こっちは、まだ行かなきゃいけない所があって押してんだよー!」
野口は、うっとうしそうに言うと、顎をシャクってカメラマンへ合図する。
「えーと、そのマントルピースを背景にしたいので、取りあえず並んでください」
カメラマンは、やっと仕事が出来るとばかりに、皆へ指示をだした。
「はあ?!それじゃ、まるで家族写真でしょ!」
カメラマンに言われ、横並びに直立不動で立った皆へ、野口が夢がない、読者受けしない、ポーズを取ってくれと矢継ぎ早に苦言を示す。
「あのですねぇー、だから、そうじゃなくって、マントルピースが見えないし!なんというか、男爵家のお部屋って素敵!と、読者に思わせるようなやつ、できませんかね?」
腹に据えかねている野口を、沼田が隣でこっそり笑って見ている。先程から、野口のどこか優勢な所が気に入らなかったようだ。
「あら?並べと言ったから並んでいるのに。それに、私達はもう家族ですもの。家族写真でしょ?これでは、ダメなのかしら?と言うより、まあ!男爵家のお部屋の写真が欲しかったの!?それならそうと言ってくれないと!」
野口の言い分に、芳子が反応した。部屋の写真が欲しかったのなら、わざわざドレスの裾を広げなくてもよかったのにと、ぶつぶつ文句を言いだした。
「吉田!記者さん達を各部屋へ御案内してちょうだい!」
そして、執事の吉田まで呼びつける芳子の勘違いに、笑っていた沼田はポカンと呆け、男爵は、いつもの事だと芳子へ笑みを向けている。
「え?!は?!そうではなくて、あのですね……」
野口は芳子の言葉に弱りきった。
「お呼びでしょうか?奥様」
はかったように、吉田が現れた。が、何故か椅子とチェロを持っている。
「撮影はお済みですか?京介様の独奏があった方がよろしいと思いまして御用意しました」
「あーー!それだっ!まず、それ、行きましょ!やっぱ、あんた執事だけあるなぁ!マントルピースにチェロの演奏者!絵になるよっ!!」
困惑していた野口は、椅子を置き、京介へチェロを差し出している吉田へ駆け寄った。
「頼りになるわ!最初からあんたに仕切ってもらうべきだったんだよなぁ!」
フムフムと、頷きつつ嬉しそうに野口は吉田へ語りかける。
「左様ですか?私は、自身の仕事を行ったまででして、仕切るとかそのようなことは……。ところで、せっかくですから、京介様。セレナーデを記念に演奏されるのはいかがでしょうか?」
吉田は、野口をさらりと交わし、意味深に岩崎へ言う。
「……セレナーデ……を……?」
突然の吉田の提案に、岩崎は首を捻った。
「そうか!そうだ!京介!セレナーデを演奏しなさい!」
「そうだわ!そうよ!京介さん!封印していたセレナーデ!仮祝言も挙げたのよ!堂々と月子さんのために演奏するのよ!」
「ああそうだ!芳子!あの曲は、セレナーデは、もう月子さんのものだ!そうだろ?!」
これで、安堵できるなどなど、男爵夫婦は吉田の提案に喜びの声をあげ始めた。
「……いや、封印とか、それは、まあ、その。そもそも、曲というのは、皆のものであり……。月子のものと言えば、私が作った麗しの君に。ですけど……。あれは、まだ途中だしなぁ……」
岩崎は、一人渋っている。
「あの……京介さん。私……セレナーデを聞きたいです」
月子は、勇気を振り絞り岩崎へ懇願した。
男爵家では、いわくつきの曲扱いだが、月子に取ってセレナーデは、まさに岩崎の愛の告白、月子への想いそのものの曲であり、二人の将来を約束したに等しい曲なのだ。
「……月子?聞きたいのか?」
岩崎の問いに、月子は、恥ずかしそうにコクンと頷く。
「ああ、わかった。月子が聞きたいと言うのなら、喜んでセレナーデを演奏しよう」
岩崎も、月子の願いを叶えたいとばかりに笑みを浮かべる。
「どうやら、仮祝言は無事に終わりそうだな」
男爵も目を細め、岩崎と月子の様子を満足そうに眺めた。
「それじゃ、さっさと始めてくださいよ!」
野口が、時間がないのだからと口を挟んで来る。
「……恐れながら、雑誌記者様、本日は仮祝言でございます。お言葉をお慎みください」
吉田の威厳ある態度に、野口は目を丸くする。その隣では、沼田がざあまぁみろとばかりに肩を揺らし笑っていた。