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今まで『岡崎』と呼んでいた廉から、吐息混じりの声音で下の名前を囁かれ、優子の心臓は、握り潰されたような苦しさに襲われた。
(どうして…………こんなに……心が……)
甘美で、どこか切ない痛み。
誰かに愛されたい、必要とされたい、と思っていた。
褒められる事を知らずに、社会という名の大海原へ出航し始めて以来、優子の人生で初めて褒め言葉を与えてくれた、松原廉。
思い返せば、在職中、彼は上司として、彼女の事を気に掛けてくれていたように思う。
さらに、廉は、ブッフェレストランに行った際も、優子に、皮革工芸を始めてみたらどうか、と提案してくれた。
上辺だけでいい。
彼の気持ちが、自分に向けられなくても構わない。
前科持ちの優子が身のほど知らずで、二人の男と並行して関係を持っている、だらしのない女だというのは、彼女自身も嫌というほど分かっている事。
廉の『忘れられない女』の身代わりでもいい。
だから、今、この時だけでも──。
蜜のような蕩ける彼の声色に、優子の中で静かに灯されていた願望の種火が、火の粉を舞い上がらせながら、焔となって燃え広がった。
「…………愛……して……」
消え入りそうな声音で、優子が呟くと、首筋に唇を這わせていた廉が身体を起こした。
「廉さんの……気持ちが…………なくてもいい……。私の身体……だけでもいい……。廉さんの……忘れられない女の身代わりで……構わない……。だから…………今だけ……」
情欲に染まっている廉の瞳に、彼女は眼差しを交える。
「わ……たし……を……………あい……し……て……」
哀願した優子の声音に、彼の凛々しい表情が驚きに染まった。
二人の視線が縺れ合ったまま、静まり返ったベッドルームには、張り詰めた空気が立ち込めていく。
「……っ!」
廉の腕が優子の背中に回され、一気に抱き起こされると、小さな顎が、節くれだった指先に掛けられ、彼の顔に向かせられた。
「…………優子っ!」
掠れた声を漏らすと、顔を大きく傾けながら、廉は艶やかな唇を貪った。