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今日は日勤。
変わらない時間の電車に乗るが、平日の通勤は人が多く感じる。
あれから黒田君とは挨拶をする程度の連絡が続いていた。
何度か早出もあったが、あの日のように遭遇することはなかった。
「おはよう。」
「なんだ、松岡先輩か。佐々木さんがよかった。 」
「悪かったな。佐々木さんは今日から連休。」
「つら。」
年に1度獲得出来る3連休。
3日間休んだところで今までの疲れはとれるはずがない。それでも束の間の仕事からの解放感は心が満ち足りる。
「先輩はファーストファントムって作品知ってますか?」
「懐かしい!それこそ俺らの青春よ!」
「へぇ。どんな話なんですか?」
「話自体は王道だけど、興味ある?」
「知り合いが好きなんです。」
「ないのかよ。」
私より10近く歳が離れている先輩が知っているのなら、だいぶシリーズがあるのだろう。
「そういえば、今度の病棟会の議題考えた?」
その質問で目を背けていた現実に引き戻される。
「全然ですよ。”利益を上げる、残業をなくす為にできること”って、私達が知りたいです。」
「そんな事言ってると、また機嫌損ねて長引くぞ。」
「空気になりきります。」
病棟会は各委員会や係からの報告•周知だけではなく、起こってしまったインシデントの振り返りや日々の業務改善案なども話し合うのだが、最近は収益や節約メインの話が多い。そしてなにより、病棟会の開催時間は時間外だが残業代は支給されない。長引くだけ損に感じる。
気持ちが落ち込みかけた時に通知がくる。
【白石さん、今日もお仕事頑張って下さい。】
(私ってチョロいのかな、今は凄く嬉しく感じる。)
このメッセージに心の中が温かくなるのを感じて仕事に向かう。
午前10時近く。
私はステーション奥で頬を冷やしていた。
「大丈夫?」
「派手にやられたね。」
同じ勤務の主任と日暮さんが心配そうに見てくる。
「大丈夫です。そんな力も強くなかったので。」
せん妄と呼ばれる状態で転院してきた患者さんがいた。
今までの病棟とは違う環境の変化、慣れない生活のストレスから症状が悪化し暴れてしまった。それに運悪く巻き込まれたのだ。
(これくらいで済んだから、まだよかった。それに結構守られるようになってきたし。)
今は担当医、看護師長を交えて家族と話し合いが行われている。
(少し前まではこれもなかった事にされてたんだから。私はまだ恵まれてる。)
未だに場所によってはなかった事にされるのだろうから、自分は恵まれていると自己暗示をかけて仕事を再開する。
担当患者さん達の検温や体調確認を終えて、昼食前の身体ケアに合流しようとした時、
「白石さん、ちょっと。」
話し合いが終わった師長に呼ばれる。
別室に移動し、話し合いで決まったことを告げられる。
今すぐ自宅に帰るのも、施設を見つけるのも難しいため、次に暴れたら強制退院になることを約束して入院継続となったらしい。
「あなたも大したケガもなくてよかったんだけど、暴れた時に尻餅をついて皮膚剥離を起こしてるみたいだから、インシデントレポート提出してね。当事者だから。」
呆気にとられる私を置いて師長は自分の業務へ戻る。
(結局、インシデント書くんかい!)
管理職は管理職として今回の件は別の書類が発生しているそうだが、そんなことで私の荒ぶる気持ちは収まらない。
(くそぅ!やけ酒してやる!)
明日の休みを言い訳に決意を固めた。
インシデントの話は既に他のスタッフにも知れ渡り、松岡先輩がニヤニヤしながら話しかけてくる。
「ドンマイ。」
「代わってくれてもいいんですよ、先輩?」
「無理。今日はデートだからな。定時ダッシュ予定。」
「くっ•••!」
予定もない悔しさを胸に淡々と仕事をこなす。
勤務時間は終了しているが、私の仕事は終わらない。
あの後主任がインシデントレポートの件を抗議してくれたが、結果は変わらなかった。
「終わらない。」
「終わりませんね。 」
日暮さんも同じく残業中の同志だ。
「災難だったね。」
「HAHAHA••••今日は厄日ですかね•••。」
「お祓い行ったら?」
「もう行きました。」
「じゃあ仕方ない。」
カタカタと入力する音が響く。
「そういえば白石さん、エッセンシャルワーカーに就職する人って、前世で大罪を犯した人が多いって話聞いたことある?徳を積んで清算するために選ぶんだって。」
「前世の私は人様になにをしたんですか。」
「さぁ。私はよくお菓子食べるから、もしかしたら人から食べ物を奪ったのかもしれない。」
「反対じゃないですか?日暮さんが食べ物を奪われたからお命頂戴した側ですよ。」
「そっちかー。」
そんな今考えなくていいどうでもいい話を振って、落ち込む気持ちを紛らわせてくれるのは彼女なりの優しさなのだろう。
それに私がしばらく業務を中断していた時も「同室だったから、ついでにね。」と半分近くの受け持ち患者さんの検温を済ませてくれていた。
(記録までは申し訳なくて断ったけど、本当にありがたいなぁ。)
折れそうになる心を建て直し、終わりが見えてきた残務を終わらせ帰路に着いた。