テラーノベル
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太宰が死んだ
あいつが望み続けた「死」という結末をよりにもよって俺の目の前で俺の手の届かない理由で手に入れやがった
あの日以来俺は任務の帰り道無意識にあの路地裏に足を向けてしまう
「…チッ、湿っぽいのは柄じゃねぇんだよ」
吐き捨てた言葉は冷え切った夜に溶ける
地面にはもうあの時溢れかえった真っ赤なアネモネもべっとりこびり付いていた血痕もない
だが鼻の奥には今もこびり付いている
鉄臭い血の匂いとあいつの呼気に混じっていた吐き気のするほど甘い花の香りが
ポケットの中で一つの小さな包みに指が触れた
あいつの遺品整理───といっても探偵社の連中が片付けた跡の残りカスみたいなものだが古ぼけた本に挟まっていた押し花だ
あの日太宰が最後に吐き出したアネモネ
『君に教えたら君は自分を責めるから』
あいつはそう云った
俺以外の誰かに恋い焦がれてその想いが成就しねぇから死ぬんだと俺は思っていた
思わされていた
だけどあいつが死んだ後嫌でも気づかされる
あいつが死の間際まで隠し通した「想い人」がもし別の女や男だったならなぜあいつの遺品の中から俺が昔失くしたはずの万年筆が出てくるんだ
なぜ俺とあいつが組んでいた頃の任務の報告書のコピーが大事そうに折り畳まれて保管されている
「手前はどこまで性格が悪いんだ太宰」
あいつは知っていたはずだ
もしあいつの病の原因が「俺」だと知れば俺がどんな顔してどんな無様な声を上げてあいつを救おうとするかを
だからあいつは最後まで云わなかった
俺を「想い人」という加害者にしないために敢えて「相棒」という境界線の向こう側で死んでみせた
それは愛なんて綺麗なもんじゃねぇ
呪いだ
俺が生きてる限りあの赤い花の色を忘れることを許さない最悪の呪い
「…おい太宰聞こえてるか」
誰もいない路地裏で中也は空を仰いだ
月はあの日と同じように冷たく街を照らしている
「手前の勝ちだよ…俺は一生手前のことだけを考えて後悔して生きてってやるよ」
それが太宰治という男に最後まで「内緒」を貫かれた男ができる唯一の復讐だった
完
ここまで付き合ってくださりありがとうございました
またこんな感じの短い話を出すかもです
それでは
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