テラーノベル
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アンソルーペがお叱りを受けている間にも作戦は進行していた。救済機構の拠点から解放されたアンソルーペはガレイン最高峰、ゲイリーの山の北部を迂回するようにしてガレイン半島西部へと急ぐ。険しい山々が密にひしめき合う半島において、北部は比較的に平らな土地が多くある。歴史に名高い古いものにせよ、思惑の交差する新しいものにせよ、多くの街道があり、ライゼン大王国によって西部が陥落した今も東西を繋ぐ道がいくつか生き残っていた。
そしてアンソルーペと幾人かの手勢は馬を駆り、ガレイン連合の一角、古王国虜囚の山に属する都ネモルへとやって来ていた。巨人たちの魁を務めるも、同じく神々の魁を務めた天に刃向かう戦士神によって打ち滅ぼされた盆地の、それを二つに割る一本の川沿いの街だ。
アンソルーペの目の前の煤けた扉が開き、優秀なる副官ドロラが現れると、目を見開いてアンソルーペを家屋の中へと引き込む。
「あなたたちも早く中に入りなさい」とドロラは声を潜めつつも鋭く部下たちに命じる。そうして上司たる首席焚書官と向き直る。「仮面をつけたままここまでやって来たんですか!?」
アンソルーペはモディーハンナの呪いによって、鉄仮面を首に縫い付けられ、外せないようにされていた。そのことをアンソルーペの魂と共にいる虚無がざっくばらんに説明する。
「外そうと思えば外せるんだぜ? 首とはおさらばになるがな」
「あの女、何の権限があってこんなことを」とドロラは憤る。
「そりゃあセイジョサマの後ろ盾があればこそよ。オジイチャマの顔をお前にも見せてやりたかったぜ。ま、優秀なるオレ様が直々に作戦を指揮してやるからよ」
ドロラはその言葉をきちんと聞いていたが、別のことを考えているようだった。
そこはネモルの街の一角、元は鋳掛屋だったらしい家屋で煤けた炉も古びたふいごも埃をかぶっている。作戦の拠点として取得したものだ。焚書官たちは鉄仮面を外し、平服を着ている。まるで情報収集を主任務とする第二局のようだ、とアンソルーペは思った。
「あまりドロラちゃんをいじめないでください。鉄仮面は単なる交代の合図。慣習でしかないんですからね」とアンソルーペの心の声が縫い付けられた鉄仮面の内に響く。
「てめえこそ図に乗るなよ。オレとてめえは対等。同じ家の間借り人に過ぎないってことを忘れるんじゃねえ」と虚無は返す。
ドロラに案内された部屋の机には、この家を含む街の一角が描かれた地図が広げられていた。
「今いるのがここです」とドロラが指し示す。「そして魔導書の魔性たち、ユカリ派と名乗る者たちが、この集合住宅で生活しています。我々が把握しているのは計二十一枚です」
かの魔性かわる者の手によって自由を得ながらも魔法少女ユカリ側につくことを選んだ者たちだ。
「おお、大漁だな。ま、裏を返せばこの一か月ほどの間にそれだけしてやられたってことだが。で、団長様を魔法少女に奪われた魔法少女狩猟団はどこだ?」
「聞いておりません。最初にユカリ派の居場所を教わって以後接触もありません」とドロラは淡々と答える。「魔導書を回収しさえすれば、作戦自体の詳細はこちらに任されています。内容も決行日も任せるとのことです」
アンソルーペは手近の椅子を乱暴に引き寄せ、ふてぶてしく座る。
「なるほどな。俺たちを陽動に使って、魔法少女をぶっ殺すってことか。舐められたもんだぜ」
「だと思ったのですが、奇妙です」とドロラは街の地図を見つめて呟く。
「魔性だの悪霊だのなんぞどいつもこいつも奇妙だろう」
「いえ、魔法少女たちと合流していないユカリ派を襲撃、回収しても陽動にはならないのに、決行日まで自由というのは……」
「馬鹿だなあ、てめえは。言葉の綾だろうが。陽動にならなくとも戦力激減なんだ。オレらのことはついで程度にしか考えてねえのさ。そうでなくとも奴らも魔導書の魔性。万が一のために情報を得たくないってこった」
ドロラはうんざりした様子で溜息をつく。その気持ちはアンソルーペにもよく分かる。
「でもじゃあ急いだ方が良いね」とアンソルーペは心の中で呟く。「魔法少女の合流を待たなくてもいいなら、その方が成功率は高いし」
「それじゃあ魔法少女が来るのを待つとするか」と虚無は反対のことを口に出す。
「そうですね」とドロラも同調する。「狩猟団に先んじて魔法少女を討伐できれば第四局の評価も高まることですし」
「お、分かってるねえ」
アンソルーペは声なき声で抗議するが虚無には響かない。
そこへ一見焚書官とは分からない、鋳掛屋のような前掛けをつけた焚書官が飛び込んでくる。そしてネモルの街にユカリたちが到着したことを報告した。
集合住宅は井戸のある中庭を囲むように建つ方形の建築物だった。各部屋の戸口は中庭側にあり、外側には窓が並んでいる。
ドロラの探知魔術を頼りに、焚書官たちは各々得物を忍ばせて集合住宅の周囲に潜む。物陰に隠れる者もいれば、通行人のように振舞う者もいる。幸い、住宅街と商店街の境あたりに位置していたので人通りは多く、紛れるのは容易かった。アンソルーペと何人かは集合住宅の屋根の上、煙突の陰に潜んでいる。鉄仮面が目立つからだ。
中庭には既に魔性たちが集合している。異形たちは各々自由に過ごしているが、緊張しているのが伝わってくる。赤い布の柱のような姿の背の高い魔性は、魔法少女の歓迎会でもするのか中庭を布飾りで飾り付けていた。
そしてユカリたちがやってきた。探知魔術を使うまでもなく、毛長馬のせいで目立っており、通りの向こうから近づいてくるのが良く見える。よく知る五人と、札を貼られて肉体を奪われた魔法少女狩猟団団長シャナリス。それにもう一人、目深に頭巾をかぶった人物がいる。
ドロラの発したささやかな合図が集合住宅を囲む焚書官たちに広がっていく。
魔法少女たちは特に不自然な行動も見せずに集合住宅の中庭へと入っていく。やはり魔法少女は魔導書を探知する力を使っていない、とアンソルーペは確信する。
ドロラと数人が入り口を固めると、他の焚書官たちも所定の位置へと移動する。
屋根からユカリたちの交流をこっそりと見守る。会話までは聞こえてこない。ユカリが白紙文書を取り出し、次々に貼り付けていく。ここまでは想定通りだ。
その時、「全軍突撃!」と虚無が叫んだ。
「ま、まだ早い!」とアンソルーペがもう一度叫ぶ。
しかしもう手遅れだ。焚書官たちが屋根から飛び降り、入り口から駆け込み、各部屋に外側の窓から押し入って経由し、中庭に飛び込む。
大混乱だ。戦いに向かない魔導書の魔性は持てる魔術を駆使して逃げ回り、戦いの術を知る魔性たちは焚書官たちに牙を剥く。人数有利ではあるが、封印を剥がすのは至難の業だ。
アンソルーペは何とか肉体の制御を取り戻そうとするが、虚無は鎚矛を振りかざし、真っすぐに魔法少女の元へ駆けてゆく。が、ソラマリアに阻まれる。
「久しいな、アンソルーペ」鎚矛を剣で受け止めたソラマリアの声色は揺るぎない。
「半年前に会ったばかりだろうが!」
アンソルーペは身を捻り、ソラマリアに重々しい連撃を繰り返すが、軽々といなされる。
「何だ。セラセレアじゃないと気づいていたのか」
音をも超えるソラマリアの突きを何とか受け止めるが、その体は軽々と浮き、中庭の反対側まで吹き飛ばされる。
「も、もう! か、か、勝手なことをしないでください!」肉体の主導権を取り戻したアンソルーペは懐から魔導書を取り出し、石の床に貼り付け、「作戦通りに行動せよ」と【命じる】。
床は泥に塗れた七本腕の海獺に変身し、手続きを省いた魔術を行使する。途端に魔術は井戸へ作用し、間欠泉の如く水を吹き出させて中庭を水浸しにする。そして降り注ぐ水は別の魔術に絡めとられ、変質する。滑り気のある石鹸水だ。それを直に浴びた魔性たちが次々にその場に倒れていく。封印剥がしの魔術などという魔導書の魔性たちの天敵のような魔法を使える者がいたのだ。
「魔法少女を殺せ!」と虚無が叫ぶ。
それは作戦の中核ではないが、焚書官たちは首席の命じるままに魔法少女たちのもとへ殺到する。が、石鹸水が撒かれた場所で起きることなど想像に容易い。上手く歩けない焚書官たちに畳みかけるように、幾枚もの布が辺りを覆い尽くした。先ほどの布の柱の魔性は水を浴びずに済んだらしい。
海獺の魔性が石鹸水を取り除き、焚書官たちが布を切り裂き、布の魔性の封印を奪い取った頃にはユカリたちはとっくに逃げ果せていた。
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