テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「ちょ、ちょっと! 何をしてるんですか! 首席!」とドロラは叫び、アンソルーペから特殊な用箋挟を奪う。封印を収めたものだ。「こんな所で見せびらかさないでください」
封印は貼付面積が一定以下なら使い魔が発現することはない。故にこの用箋挟は細糸で編まれた網で挟むようになっている。
「こんな所ってなんだよ。機構の拠点じゃねえか」とアンソルーペは苛立たしげに返す。
二人は今回の功績を報告するべく、聖女アルメノンの元へ赴いている。何の変哲もない廊下だ。人の目があるわけでもない。
「力は人を狂わせるんです。僧侶といえど、誰がどのような野心を抱いているのか分かったものではありませんよ。この一枚一枚が魔導書であり、世を揺るがす力なんです」
「首席の座を狙ってる奴に言われたかねえなあ」そう言ってアンソルーペは用箋挟を奪い返す。「こんな矮小なもので戦いが決するとはな」
「そのような世を終わらせるための焚書官ですよ」
かわる者に差し向けられた使い魔遣う者によって聖女が襲撃され、虚無が力づくで収拾した広間へと再びやって来る。
「入れ」と扉を叩く前に聖女の声に促され、アンソルーペだけ入室する。
「計十三枚の魔導書を奪還してきた」と挨拶もなしにアンソルーペは切り出す。
「そうか。悪くないな」とアルメノンは呟く。
襲撃時と同様、アルメノンが椅子に座り、モディーハンナはそばに立っている。
「前にも言いましたが」とうんざりした様子でモディーハンナは言う。「貴女が最優先すべきはかわる者回収です。魔導書の奪還程度のことで一々報告に戻って来なくても良いんですよ」
アンソルーペは冷たい鉄仮面の内側で舌打ちする。心の中でアンソルーペが悲鳴をあげている。
「じゃ、かわる者回収に行ってくる」
結局は使い魔で、結局は魔導書だ。やることは何も変わらない。
その時、部屋が僅かに青みを帯び、モディーハンナの頭上に鬼火が灯った。そして夜闇と暗海に恐怖した者たちが口遊んだ歌に乗せて、冥府の使いを称える言葉をモディーハンナは唱える。と、同時に自らの口を両手で塞ぐ。途端に鬼火が強く燃え上がり、濃紺の火焔を迸らせる。
アンソルーペは聖女アルメノンに飛び掛かり、その炎の奔流から逃れさせる。
「どうした? 裏切りか?」とアルメノンは暢気に尋ねる。
「いや、使い魔だろう」とアンソルーペが答える。「どうやらかわる者はどうしてもあんたをぶっ殺してえようだ」
「どうしてお前は操られないんだ? アンソルーペ」とアルメノンに問われる。
「お互い様じゃねえか」とアンソルーペは答える。「いいから下がってろ」
モディーハンナは壁際まで後ずさりし、それでも呪文を唱え続ける。口を抑え、喉を抑え、抗うが魔法は止まらない。襲い来る鬼火を鎚矛で振り払うが、同時に鉄の塊が灼け溶けてもいた。
少し遅れてドロラが飛び込んでくる。と、同時に口を抑えてもごもごと唸る。
「おい! 使い魔を――。くそっ! てめえもか! 間抜けどもめ! 口以外を動かせるなら取り敢えず出て行け! てめえもだ! モディーハンナ!」
モディーハンナとドロラが慌てて外へ出て行く。が、鬼火は変わらず部屋の中に留まり、暴れ続けていた。アンソルーペは隣の部屋へと引き下がろうとアルメノンを抱える。
「ちょっと待て! そっちの部屋は荒らされると困る!」
その狭い部屋では青い鬼火とは対照的に紅蓮の炎が焼成粘土と硝子の燈に灯っており、様々な道具や書物が所狭しと並んでいる。魔術工房だ。
アンソルーペはすぐに扉を閉めるが、その隙間から青い光が漏れ出ている。扉を焼き尽くされるのも時間の問題だ。
「使い魔を見つけなくちゃならねえ。何て奴の仕業だ?」とアンソルーペは毒づく。
「たぶん話す者だ。やってることは話させる者だが」と聖女は答える。
遠くからモディーハンナの叫び声が聞こえる。アンソルーペが裏切ったから殺せ、という命令を僧侶たちに発している。
「厄介な魔術だな」
扉を抑えつつ、アンソルーペはざっと部屋を見渡す。扉も窓もない。
「多少混乱は引き起こすが大丈夫だろう」聖女は自室で寛ぐように机に腰掛けながら言った。「むしろモディーハンナが錯乱しているように見えているはずだ」
「それで? どうやって見つければいいんだ?」
「知らん。お前こそ今回奪還した封印に使えそうなものはなかったのか?」
「ああ、そういえば占う者ってのがあったな」
アンソルーペは用箋挟を開き、占う者を取り出すと手近な机に貼り付ける。すると机が机上の書物を撒き散らしながら変身する。両眼に青い炎を灯した蟷螂のような姿だ。一方聖女は床に突き落とされて悪態をつく。
「まず、勝手なことをするな、だ」とアンソルーペは【命じる】。
「占う者にできることなどほとんどありませんよ」と占う者は嘲るように言う。
「無駄口を叩くな」とアンソルーペは【命じる】。「話す者の居場所を占え」
「直接魔導書の在処が把握できる魔術があったなら世界が引っ繰り返りまして御座います」と返される。
「そりゃそうだ。そんなものがあったら苦労しない」とアルメノンが首肯する。「この対応速度から考えて、話す者はあらゆる魔術的手続きを飛ばすために本性を表して魔術を行使しているはずだ。つまり人目につかない場所にいる。かつこちらの状況を探れるように、そう遠くにはいない。身を潜め、呪文も唱えないなら、逆に長らく沈黙を保っているはず。そんな場所は占えるか?」
占う者は天井を片腕の鎌で指す。「屋根の上に」
アンソルーペは黒焦げの扉を蹴破り、青い熱に飛び込む。
「あつっ! 熱い! 馬鹿! 熱い!」と叫びながら窓を叩き破り、僅かな取っ掛かりから屋根の上へと上がる。
毛皮葺きの屋根には馬ほどの大きさの栗鼠と思しき怪物がいた。毛の代わりに舌が生え、爪の代わりに歯が生えている。使い魔話す者の本性の姿だ。
話す者はアンソルーペの姿を見ても一切身動きせず、されるがままに封印を剥がされた。
「褒美をくれとは厚かましいですね」とモディーハンナが冷たい眼差しをアンソルーペに向ける。
青い炎で黒焦げになった部屋で、僧侶たちが後片付けに勤しむ中、モディーハンナとアンソルーペが対峙する。聖女は寝室へと引き上げていった。
「オレがてめえを救ってやったことを忘れるな」
「その上恩着せがましいと来た。だいたい、使い魔の位置を特定したのは聖女様のお陰だと聞いていますが?」
「回収したのはオレだ。計十四枚の魔導書をな」
モディーハンナは諦めた様子で溜息をつく。「何か欲しいものがあるんですか?」
「復讐」アンソルーペは突きつけるように言う。
モディーハンナの瞳の奥の暗い輝きをアンソルーペは見逃さなかった。
「ケイヴェルノ総長に聞きました。故郷を大王国に奪われたとか」
「……ああ、怒りと恨み、憎しみがこの魂を滾らせている」とアンソルーペは熱を込めて言う。「ガレインを侵す痴れ者どもを一掃する」
いつの間にか僧侶たちは退室していた。今できる片付けは終えたようだった。
「いいですね。救済機構、シグニカ統一国にとってもライゼンは仇敵です」モディーハンナは満足げに微笑みを浮かべる。「とはいえ、救済機構にも計画があります。足並みは揃えて貰わなければ。それに、まずは封印の魔導書の件を片付けなければなりません。かわる者と白紙文書が回収された暁には要職を任せましょう」
「要職?」
「復讐の、貴女の復讐のための組織を任せるということです」
「分かった。それでいい」そう言うとモディーハンナを残してアンソルーペは部屋を出る。
てっきりドロラが待っているものと思い込んでいたが、廊下には誰もいなかった。
「ライゼンへの復讐? あなたが?」と心の中で語り掛けられる。
「クヴラフワでライゼンが巨人の屍を持ち去ったらしい」と虚無が心の奥で語る。
「なるほど。それが狙いですか」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!