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「社長室に通された俺は、執務机にアタッシュケースが積み上がっているのを見て、嫌な予感がした」
社長を取り巻く重役や日本人スタッフが、一斉にアタッシュケースを開け、『これで無かった事にしてくれ。もう君と一切関わりを持つ気はない。もしまた来たら警察に通報する』とまで言われた事。
そこには一生遊んで暮らしても、多くのお釣りが来そうなほどの金が積まれていたという。
金は現地日本人スタッフが全て手続きをし、日本の侑の銀行口座に送金する、というものだった。
CDの発売中止と契約を強制的に解除させられ、大金を提示された時、音楽家としての尊厳を、酷く傷つけられたという。
「…………結局、俺は金に屈したという事だ。レコード会社は、よほど俺を切りたかったのだろう。契約解除とCD発売中止の理由は今でもわからない。俺の……忌々しい黒歴史のひとつだ」
「…………」
「…………まぁ、あの頃の俺は『トランペット奏者 響野侑』という看板を、もっと知ってもらう事に躍起になってたのかもしれん。人間、欲をかき過ぎると、碌な事がないって事だ」
侑が顔を俯き加減に淡々と話すのを見て、瑠衣は一連の話を聞き、まさか彼の若かりし頃に、そんな過去があったとは思いもしなかった。
(それにしても…………黒歴史のひとつって…………まだあるの?)
その、『別の黒歴史』を、聞いてもいいのだろうか……?
教えてくれるとは限らないが、聞いてみてもいいかもしれない。
(私もこの四年間の出来事を先生に言ったんだから、聞いてもバチは当たらないよね……?)
瑠衣はフウっと息を吐き出して、侑に問い掛けた。
「先生。黒歴史のひとつって……まだ他にもあるんですか?」
侑が顔を上げて、眉間に皺を寄せながら瑠衣を睨むが、彼女はビクっと肩を震わせつつ、おどけたように問いただす。
「あれ、先生、娼館で私に、『何で院に行かなかった?』って、しつこいくらいに聞いてきましたよね? あの時、言いたくなかった事を勇気を出して言ったのに、先生狡いなぁ〜。あ、言ったというよりも、言わされたんだったっけなぁ〜」
「…………お前……」
侑が初めて怯んだような表情を覗かせていると、瑠衣はフイっと遠くを見つめながら口元のホクロに指先を当て、小首を傾げている。
観念したかのように、侑は長い前髪を掻き上げた。