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――会社の近くで遅めのランチをした後、ほのりは大阪駅周辺をうろうろと彷徨っていた。
気分転換をしよう! と。
寝続けたい体にムチを打ちとりあえず外出をしてみた、そんな土曜日の午後。
ヒールを履く元気はなく、スニーカーに黒のスキニーとアイボリーのパーカー。顔面にはきっと生気がないはずた。
聞こえてくる楽しそうな雑音と、着飾ったオシャレな人々。
夜の繁華街。間違いなく場違いだ。
ちょっとその辺のコンビニ行くね、みたいなノリで電車に乗って来てしまったことを後悔しても、もう今更。仕方ない。
(だってさぁ〜仕事量ヤバいわ、瀬古は腹立つわ……)
事務の仕事をしつつ、昼からは瀬古や木下、そして山内から引き継ぎをされ。
合間に瀬古との口喧嘩……を、繰り返した一週間は思いのほか、ほのりの体力と気力を奪っていた。
(偉そうなこと言っといてこれだからな……瀬古にも言われたい放題になるんだわ)
「あれ!? 吉川さん!」
そんなほのりの気怠い身体が、ピンと張り詰める。それは聞こえてきた声のせい。
「……え」
名前を呼ばれて振り返った。
嫌な予感。
寒いくらいなのに、背中を汗が流れる感覚。
(……ヤバい、ファンデしかしてない。服もヤバい、全部ヤバい)
ここ大阪で、ほのりを知る人物など限られているし……声を掛けてくれる人物など更に限られている。
「あ、ほらやっぱ。こんばんはー」
「こ、こんばんは……木下くん」
(あーもうほらねー!!)
予想どおりすぎて涙目だ。
黒いジャージにはよく見るスポーツブランドの名前が白字で控えめに入っている。
今からジムにでも行くのだろうかと、そんな格好だ。
長身に存在感のある長い脚。それでいて堀の深い日本人離れした顔面。
ジャージ姿だろうと目を引く。道ゆく人々の刺さる視線に気付いているのはほのりだけなのだろうか。
「買い物っすか?」
何着か購入した服の入った紙袋を見下ろして木下が言う。
「あ、うん、まあ……木下くんも?」
スーツ姿しか知らないせいか、なんとなく緊張してしまうけれど、態度に出さないようにしなければ。
「はい。連れの買い物付き合ってたんすけど……あ」
「ん?」
「吉川さん、飯まだやったら一緒に行きません?」
なんとも軽やかに誘ってくれる。
「……い、いいけど」
断る方が、意識してるみたいでおかしいよね。そう言い聞かせて頷いてみたものの。
(って、そんなこと考えてるのがそもそもおかしいでしょ……)
出会い方を間違えたせいなのだろう、ペースが乱されっぱなしだ。
「はは、そんな睨まんでも酒飲まんから大丈夫ですって」
「大丈夫って何が……」
言いかけて口元を両手で押さえた。
視線を上げると、くっきりと太い二重のせいか眠たげに映る瞳、その目尻が下がる。
そうして、ニタリと意地悪な笑みを浮かべた。
「なんでしょうね」
「知りません!!」
声を張り上げると、刺さる視線が一層多くなる。
しまった、と注目から逃れるように下を向くと大きな手のひらが背中に触れた。
「何でもいいです? ちょっと駅から離れた方が混んでへん店あるんで」
「あ、そうだね。このあたりどこもいっぱいだったの。ちょうど座りたかったんだけどさ」
そうっすよね、と相槌を打った木下が半歩先をゆく。
とっくに背中にあった手のひらは離れていて。すでにどこも触れ合ったりしないし、絶妙な距離感だ。
十分ほど歩いただろうか。
辿り着いたのは、駅から少し離れた紺色の暖簾を掲げる小さなお店。
「瀬古さんと土日出勤した時よく寄るんすよ。あ、デートっぽくないけどええっすか?」
横開きの入り口をガラガラと音を立てつつゆっくりと開きながら、ニッと笑う、その表情は意地悪だ。
「デートじゃないでしょ」
「はは、そーでした」