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玲は、左手が使えないので、少し不自由そうだが、おいしそうに食べている。
仁太は、家族がすんなりと玲を受け入れてくれていることも、玲がリラックスした様子なのもうれしい。
だが、和やかな食事は、突然中断された。姉のスマートフォンが着信を告げたのだ。
姉は席を立って、電話に出ながら廊下に出て行く。
「はい……はい……そうですか」
やり取りしている声が小さく聞こえる。おそらく、玲の母親からだろう。
玲は緊張した面持ちで、箸を置いてしまった。
しばらく話した後、姉は、廊下から覗き込みながら玲に言った。
「お母さんと話す?」
玲は、一瞬考えるような顔をしてから、渋々というようにうなずいて立ち上がる。
玲が廊下に出て行き、姉は再び食卓に着いた。
「日向くんのお母さん、初めは、これから迎えに行くっておっしゃったの。でも、彼は家に帰りたくないって言ってるって伝えたら、そばにいたお父さんと変わって」
「それで?」
仁太は、お茶に手を伸ばした姉を促す。姉は、一口お茶を飲んでから続ける。
「なんて言われるか緊張したんだけど、お父さんは、そちらで息子を預かってくれるのかって。もちろんそのつもりですって答えたら、それなら生活費を振り込むから、口座を教えてくれって」
「え……」
予想もしていなかった展開だ。
父が言う。
「それで、承知したしたのか?」
「生活費のこと? そうよ。だって、未成年の子供の生活費を親が工面するのは当たり前だと思うし、そのほうが、日向くんだって、うちで肩身の狭い思いをしなくて済むでしょう?」
「それはそうだが……」
仁太も、姉の言うことはもっともだと思うのだが、何か引っかかるものがある。それがなんだかわからないでいるうちに、玲が戻って来た。
「お姉さん」
再び、姉がスマートフォンを受け取って部屋を出て行く。
椅子に腰かける玲に問いかける。
「大丈夫? お母さんはなんだって?」
「うん。みなさんにご迷惑をおかけしないようにって。それから、すぐに身の回りのものや制服も送るって」
玲は父に向かって言う。
「あの、いいんでしょうか?」
「君がうちで暮らすことかい? もちろん歓迎するよ。仁太もうれしいだろう?」
「うん……」
そ れはそうなのだが。今まで黙っていた兄が、玲に微笑みかけた。
「よかったね」
「はい……」
玲が恥ずかしそうにうなずく。
その後、姉と玲の母親の間で、お金のことも荷物のことも、すべて話がついたようだった。
仁太は初め、父親が玲を返せと言って怒るのではないかと危惧していたのだが、そういうこともなく、あまりにもあっけなく、玲が江崎家で暮らすことが決まった。
父親が、本当に玲を邪魔だと思っているとすれば、厄介払いできるならば金を払ってもかまわないと思うかもしれない。ひどい話だが、それはまだ、ありそうなことだと思う。
だが、母親はどうなのだ。
いくら怪我をした息子を放置して出かけてしまうような親でも、息子が家を出るとなったら、それを許す前に、直接会って話をしたいとは思わないのか。一目顔を見たいとは思わないのだろうか。
あるいは、父親を気にして本音を言えないとか? もしもそうならば、せめて母親とは、会う機会を作るべきではないのか。
仁太が引っかかったのは、要するにそのようなことだ。
家族が玲を歓迎してくれるのはうれしいが、誰もそのことに疑問を持たないのだろうか。それとも、両親に引き留めてもらえない玲を不憫に思って、あえてそこには触れずに優しく接しているのか。
玲の気持ちを考えると、そのことも心配だ。
懊悩が顔に出ていたのか、兄がこちらを見て言った。
「仁太、どうかしたのか?」
「うぅん、なんでもない」
余計なことを言って、玲を傷つけたくない。
姉が、仁太と玲に向かって言った。
「ご飯を食べたら、順番にお風呂に入っちゃいなさいね」
「うん」
「はい」
それから姉が、ふと思いついたように言った。
「日向くん、一人で大丈夫?」
「は?」
「左腕を動かせないから、体を洗ったりするの、大変でしょう?」
「はぁ」
「仁太と一緒に入って洗ってもらったら?」
仁太は思わず咳き込んだ。
「なっ、何を馬鹿な!」
顔が熱くなるのを感じる。玲も照れくさそうに言った。
「いや、あの、大丈夫だと思います」
「あらそう? でも、無理しちゃダメよ。洗濯物も一緒に洗うから、遠慮しないで出してね」
「はい……」
まったく姉は、急に何を言い出すのか。気が利くのか無神経なのかよくわからない。
食事が終わり、玲とともに部屋に向かって廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。
「江崎くん」
「うん?」
立ち止まって振り向くと、玲が不安げな面持ちで言った。
「僕がこの家でお世話になること、江崎くんは反対なの?」
さっき仁太が考え込んでいたことを気にしているのだろう。
「そんなことないよ。あっ、部屋で話そうか」
二人は仁太の部屋に入る。
「えぇと、そこに座って」
机の前の椅子を指し、自分はベッドに腰かける。玲がキャスター付きの椅子をこちらに向けて座ったのを見て、仁太は口を開いた。
「あのさ、僕が思ったのは、日向くんのお母さんは、お父さんの顔色を気にして、本当の気持ちを出せずにいるんじゃないかってことだよ」
「本当の気持ち?」