店のドアを開けた瞬間、澪は一瞬息を呑んだ。いつもと変わらない店内。ガラス瓶が並ぶ棚、古い時計が時を刻む音だけが響いている。
それでも、今日は何かが違う。感情の交換が、もう他人事じゃないような気がした。
「こんにちは」
橘 樹(店主)その姿を見て、ゆっくりと顔を上げた。
澪は手に持っていた瓶を差し出す。
「これ、返しに来た」
「ありがとう、感情を返すことができて、よかった」
樹の言葉に、澪は少し不安そうに首をかしげる。
「でも、売るわけじゃないんだよね?」
「うん、売るわけじゃない。君が触れることで、感情を感じてもらいたかっただけ」
「でも、何か、すごく心に残っちゃって」
樹は澪の言葉に少し驚いた顔をした。
「その感情は、君のものじゃない。僕のものだし」
「でも、感じちゃった。それが本当に、あなたの感情だって、わかった気がした」
「それが、感情の力だよ。自分のものじゃなくても、誰かの感情がどれだけ強いかってことが伝わる」
澪は瓶を返す手を止めて、少し目を伏せた。
「あなたの初恋、すごく切なくて、痛くて、でも優しくて」
「……その感情、私にも何か残っちゃった」
樹は静かに頷いた。
「僕の初恋は、もう戻らない感情だから。だけど、その感情を誰かに感じてもらうことができて、少しだけ救われたような気がする」
澪は少し考えてから、静かに言った。
「私も、何かを持ち帰ってしまった気がする。あなたの感情、少しでも感じられてよかった」
樹は笑顔を見せた。
「ありがとう。でも、君がどんな感情を持って帰ったのか、知りたくなった」
澪は少し驚いた顔をしたが、すぐにうなずく。
「まだ、分からない。でも、これから知りたくなるんだと思う」
その言葉に、樹は少しだけ微笑んだ。
「感情の交換は、まだ始まったばかりだからね」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!