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あの日からずっと、澪は迷っていた。瓶に詰めた“初恋”を、売るべきかどうか。
桃色のきれいな感情。でも、見ていると、胸が痛くなる。
「……なんで、こんなに苦しいんだろう」
今日もまた、澪は店に足を運んだ。
いつもより静かな店内。静けさの中に漂う不安感が、澪の胸にぴったりと寄り添うようだった。
自分の瓶だけが、カウンターの上にぽつんと置かれていた。
その瓶を見た店主、橘 樹(たちばな いつき)が、ふと口を開く。
「少し、色が濁ってきてるね」
「えっ…」
澪は驚きながら瓶をのぞき込んだ。
あのやさしい桃色が、どこかよどんで見える。
「このままだと、感情がほどけてしまうよ」
「ほどけるって…消えちゃうの?」
「ううん。もともと、君のじゃないだけ」
澪は思わず息を呑んだ。
「……え?」
いつきの言葉に、澪は信じられない思いを抱えながらも聞き返す。
「その瓶に入ってる感情。君の“初恋”じゃないんだ」
「でも、たしかにもらったときは……」
「うん。試供品として渡した、“誰かの初恋”の一部。
それに君自身の記憶が重なって、あたかも“自分の感情”のように見えてた」
澪は心が揺れるのを感じた。
確かにあのとき、胸が痛んだ。
好きだと思った人の顔が浮かび、なぜか涙がこぼれそうになった。
それなのに、それは“誰かのもの”だったのか?
「でも……あの気持ちは、わたしのものだって、思ってた」
「うん。そう思わせるくらい、君の心に似てたんだろうね。
けど、本当の“初恋”は、まだ取り出してすらいない」
その瞬間、澪は首元のチェーンにぶら下がった、小さな瓶に目を落とした。
ふと、その瓶がほんのりと光を放ったように感じた。
澪は驚いてその瓶を手に取った。
瓶の中で、かすかに桃色が揺らめき、そして一筋の光を放った。
その光が、澪の胸を温かく包み込み、すべてが一瞬で繋がった気がした。
「……これは?」
いつきが静かに言う。
「君がずっと持っていたその瓶。それが、君の本当の初恋だよ」
「え?」
澪は驚きながら瓶を見つめた。その中に広がっているのは、あの桃色の感情ではなく、どこか温かく、そして深い青色の光だった。
その青色が、澪の心を揺さぶる。
「君の初恋は、ずっとこの中にあったんだ」
澪は瓶を握りしめる。その瞬間、胸の中で何かが弾けるように感じた。
初恋。それは、あの瓶の中に、ずっと眠っていた。
そして今、澪の手の中で初めて目を覚ました。