テラーノベル
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仕事を終えて帰宅すると、自分の部屋の明かりがついていることに気付く。合鍵を渡しているのは昴と親だけだが、親は来る前に必ず連絡があるので、先に昴が帰って部屋で待っているのだと確信した。
七香がドアノブに手をかけると、鍵はかかっておらず、いとも簡単に開いてしまう。
「昴くん、いるの?」
ドアを開け、部屋の中へ声をかけるが返事はない。不思議に思って廊下を進むと、昴がソファに座って俯く姿が目に入る。こんなに落ち込んだ様子の昴を見るのは久しぶりだったので、七香は荷物を置くとすぐに彼の隣に腰を下ろした。
「ただいま」
「……おかえり」
声にも覇気がなく、七香の方を見ようともしない。
「どうかした? もしかして具合が悪いとか?」
「……別に」
「じゃあ仕事でやらかしちゃった?」
「……してない」
「じゃあ何があったの? 元気ないみたいだけど」
七香は昴の頭を撫でながら、彼の反応を窺っていた。
「……今日のランチ、どうだった?」
「ランチ? あぁ、まぁ、思ったよりは美味しく食べられたよ。それがどうかした?」
「それは……あの男と一緒にいて楽しかったってこと?」
「えっ……何言って……」
「あの男と付き合うの?」
「そんなわけないじゃない。どうしたの? なんか昴くん、おかしいよ……きゃっ!」
そう言いかけた瞬間、こちらを向いた昴が七香の両手を掴むと、そのままソファに押し倒したのだ。
「ちょっと昴くん! 一体何を……」
「ねぇ七香、セックスしよう」
「えっ、いきなり何言ってるの……?」
「もう一回してるし、七香だって久しぶりにしたいと思わない?」
「お、思わないよ! いいから手を離して」
「嫌だ」
「嫌だって……」
「どうして俺はダメなんだよ……! あいつならいいのか⁈ あいつが相手ならするのか⁈」
「ねぇ……何言ってるのかわからないんだけど……」
「いつかあいつのものになるなら、今すぐに俺のものになればいいじゃないか……!」
彼の言う"あいつ"というのが岩田を指していることは、なんとなくわかる。しかしどうして突然彼がこんなことを言い出すのかは、七香にはわからなかった。
昴の膝が七香の足の間に差し込まれそうになるが、慌てて足をギュッと閉じ、なんとか振り払って自由になった両手で彼を押し退けて拒絶した。
「私、もう昴くんとセックスしないって決めてるの。だからダメ」
「どうして⁈」
「どうして? だって昴くんはただセックスがしたいって、目先の欲に囚われてるだけでしょう? そこに私が欲しいって感情はないもの」
「なんだよ感情って! したいならすればいいじゃないか! 互いを求め合っているなら、それをぶちまければいい」
「私は今はしたいって思わない。だってそれは私が欲しい愛の形じゃないもの。昴くんはしたいからするだけ。私は愛情の延長にある行為がしたい。もし欲求不満でセックスがしたいだけなら、他の人とすればいいでしょう? 私はそんな大勢の中の一人になりたくないだけ」
「そんなの……気持ちなんかいくらでも追いついてくる」
「無理よ。昴くんの一番は早紀さんでしょ?」
七香の気持ちは頑なだった。欲しいものは昴からの愛情。でもそれは一生あり得ない。だって彼の気持ちは一生早紀さんのものだから。
「ここまで言っても、昴くんは私が求めているものが何かわからないと思う」
「じゃあどうすればいい? どうしたら七香は俺のものになるんだよ……」
「私が欲しいものを昴くんが与えてくれるなら……でもきっとそれは無理だってわかってる。だからもし昴くんとセックスをしたら、私はもう友だちには戻れない」
「じゃあ友だちに戻らなければいい」
七香は愕然とした。必死に気持ちを隠して、彼の友だちでいることを選んだのに、昴はその想いすら拒絶したのだ。
「だからセックスしよう」
涙が溢れそうになるのを、必死に堪えた。自分だけは違うと、心のどこかで思っていた。恋心を隠せば、一番の友人になれると信じていた。しかし彼の欲望の前では、七香も所詮セフレでしかないのだと思い知った。
「……わかった。これが最後。セックスしたら私は昴くんとはもう友だちに戻らない。それでもいいなら……」
そう言った瞬間、唇を塞がれ、貪るようなキスが繰り返される。七香の体からは自然と力が抜け、抵抗することなく彼を受け入れると決めた。これが最後ーー最後は身体中で昴を感じたいと思ったのだ。
昴は七香の足を開かせ、間に体を入れると、スカートとショーツを一度に脱がせる。そして七香の足の間に顔を埋め、しつこいほどに舌と指で攻めたてる。
「昔ここが気持ちいいって言ってたよな」
しかし七香の返事を待たずに、さらに激しい動きで追い詰めるので、体は何度もビクンと跳ね、呼吸が大きく乱れ始める。
「こんなこと、七香にしかしないんだからな……七香にしかしたくないんだ……」
それってどういうこと? 私が特別だっていってるの? それなら、たった一言をくれればいいのに……。もし嘘でも愛してるって言ってくれたら、私だって全てをぶちまけてあなたのそばにいるのにーーでも昴の一番は早紀で、一生失うことが出来ない人物だということはわかっていた。
心も体も快楽の波に乗り、頭がぼんやりとし始めた頃、昴は七香の入口に自分のモノをあてがう。そして一気に奥深くへと挿入した。彼の腰の動きが早くなり、七香は徐々に絶頂に向かって上り詰めていく。
「昴くん……っ……あんっ……んっ……」
彼の名前を呼ぼうとするたびに唇を塞がれ、何も言えなくなってしまった。
痛いけど気持ちいい……好き……本当はずっとあなただけを愛してるーー伝えたい気持ちは心に溢れてくるのに、キスばかりで唇を塞がれ、その想いを伝えることは叶わない。
珍しく七香より先に絶頂に到達した昴は、まるで緊張の糸が切れたかのように、そのまま眠りに落ちてしまった。
七香はゆっくりと起き上がり、ベッドから布団を持ってくると、昴の体にそっとかけた。それかは彼のそばにしゃがみ込み、髪を撫でた。
昴くんは私との未来ではなく、今だけの欲望に流された。それが答えーー七香の瞳からは涙がこぼれ落ちた。失望、失恋、失意。自分はそれだけの人間なのだと思い知らされる。必死に守ってきた友だちという立場さえ、『いらない』と否定されてしまった。
もう私の居場所はないんだーーそう思うと涙が止まらなくなる。目が覚めた昴と顔を合わせるなんて辛すぎるーー七香の部屋だが、ここにはいられないと思った。
手の甲で涙を拭うと、立ち上がって服を着た。それからクローゼットの中からキャリーバッグを取り出し、荷物をまとめ始めた。
そして昴を起こさないように、静かに部屋を出た。
#片思い
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