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◇ ◇ ◇ ◇
目を覚ました時、いつもの景色と違うことに気付いた。無機質な自分の部屋ではなく、まるで柔らかな腕に包まれているかのような温かさを感じ、ここが七香の部屋であることがわかった。
どうして七香の部屋にいるんだっけーー記憶を辿り、昨夜のことを思い出して身体中の血の気が引いていくのを感じた。
俺はなんでことをしたんだろうーー後悔の念が押し寄せ、心拍数が上がっていく。
すぐに謝らなければと思い、体にかけられていた布団を勢いよくどかしてみたが、下着をつけていない下半身が露わになっただけで、そこに七香の姿はなかった。
「七香……?」
声をかけてみたが返事はない。今日は木曜日。平日のこの時間なら、いつもは七香が朝食の準備を始めている時間なのに、キッチンにも、部屋の中にも彼女の気配はなかった。
立ち上がった昴は、クローゼットが少しだけ開いていることに気がつき、もしかしたら七香が隠れているのではと僅かな希望を抱いて近寄る。
恐る恐るクローゼットの扉を開けてみた昴は絶句した。そこに七香はおらず、代わりにいつも置いてあったはずのキャリーバッグがなくなっていたのだ。
七香がいないーーそう思った瞬間、昴はその場に崩れ落ちた。昨夜は怒りに身を任せ、自分でも何があったのか、記憶が曖昧な部分があった。七香に性行為を強要したのはわかってる。それ以外に彼女を傷付ける言葉を発したような気はするが、それがなんだったのかが思い出せない。
ゆっくりとソファに目を向けた途端、ハッとしたように目を見開いた。
『もし昴くんとセックスをしたら、私はもう友だちには戻れない』
『じゃあ友だちに戻らなければいい』
あの時の会話が鮮明に蘇ってきたのだ。
体に震えが走り、涙が溢れ出す。自分が発した言葉の意味を理解して、どれだけ酷いことを七香に言ってしまったのかと怖くなる。どんな自分だって見捨てずにそばにいてくれたのに、そんな彼女を否定したのだ。
違うんだ、そういう意味じゃないんだよ……。俺が言いたかったのはーーそう思って、息が止まる。俺は何を言おうとしていたんだ? 頭が混乱し始めていた。
七香はもう仕事に行ったのだろうか。今夜にはまたいつものように笑顔を見せてくれるだろうかーー昴はよろよろと立ち上がると、玄関に向かった。そして七香の部屋を後にすると、身支度をするために自分の部屋に戻った。
◇ ◇ ◇ ◇
仕事はミスが怖くて、体調が悪いと言い訳をして軽い仕事だけにしてもらった。
昼休みには、七香と同じ会社に勤める友人に彼女の所在を確認してもらったが、病欠で明日まで休みをもらっているらしい。
昴の不安は、時間と共に増していく。七香はちゃんと帰ってくるだろうか。もし帰って来なかったら? そう考えて吐き気に襲われた。
いつの間にか、こんなにも彼女の存在が大きくなっていた。早紀のことなんて考える暇がないほど、七香との時間が心を満たしてくれていたのだ。
七香の部屋の前に立ち、合鍵を使って中に入るが、部屋の中は朝と同じままだった。ソファに寝転がって目を伏せると、七香の香りに包まれる。温もりはなくても、記憶の中の彼女が蘇って昴を抱きしめてくれた。
『じゃあ友だちに戻らなければいい』
あの言葉は無意識に出たものだった。でも七香のそばにいたいという思いに偽りはないはず。
俺は一体何を言いたかったんだろうーーあの時は岩田の話を聞いてイライラしていた。七香が誰かのものになるなんて、考えただけで許せなかった。七香が自分から離れるなんて考えたくもなかった。
でもあの時、友だちではない何か別の関係を彼女に対して望んでいたのは確かだった。それは彼女を誰にも渡すことなく、自分のそばに置いて、そしていつも求め合えるものーー昴の頬を一筋の涙が溢れた。
「俺って馬鹿だな……」
答えは簡単に出た。もう傷つきたくなくて、七香を手放したくもなくて、頭からも心からも追い出してきた感情。しかしまだ自分の中に残っていたその感情の種が、徐々に芽をのばし始めていた。
昴はポケットからスマホを取り出すと、早紀に電話をかける。
白山小梅
12
#借金
『なぁに? 昴から電話なんて珍しいじゃない』
「早紀さんに会って話したいことがあるんだ。少し時間取れないかな……」
『電話じゃダメなの? 明日から出かけるから、今夜は準備があるのよ』
「本当に少しでいいんだ」
『そうねぇ、これから帰るから、車の中で良ければいいけど』
「それでいいよ」
『わかった。うちの店まで来られる?』
「すぐに行く」
電話を切ると、昴はカバンを持って立ち上がった。もうこれで終わりにしようーーそう決意し、七香の部屋を後にした。