テラーノベル
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「……解雇。懲戒、解雇だと…?」
リビングに、健一の力ない声が落ちた。
手元には、会社から届いたばかりの書留。
経費流用と不倫騒動による「社会的秩序の著しい乱れ」を理由とした、有無を言わさぬ通告書だ。
「そんな…嘘だろ。俺はあんなに会社に貢献してきたのに……全部、里奈のせいだ!あの女さえいなければ!」
健一は狂ったように書類を破り捨てた。
私はその破片を静かに拾い集めながら、心の中でカウントダウンを始める。
「健一さん、落ち着いて。…でも、退職金も出ないとなると、これからの生活、どうしましょうか?」
「わかってる! わかってるよ!……でも、奈緒。俺にはまだ、ナオミさんがいるんだ」
彼は、唯一の味方を演じる私に、恥じらいもなく別の女の名前を出した。
もはや、彼の中で「現実の妻」は自分を甘やかす母親のような存在になり
「理想の女・ナオミ」は自分を救い出してくれる女神へと昇華されている。
健一は震える指で、ナオミへDMを送った。
『ナオミさん、実はオジサンすべてを捨てました‼️‼️😱✨長年勤めた会社も💻、これまでの過去も、全部だヨ‼️🔥✨』
『これからは、ナオミちゃんと一緒に🌈誰も知らない場所へ逃げたいナァ……なんて(笑)‼️🏃♂️💨💕ナオミちゃんと一緒なら、オジサン、どこまでも行ける気がするヨ‼️✨✨💖というわけで‼️(笑)今夜、会ってくれませんか❓❓👀💌✨』
(……すべてを「捨てた」んじゃなくて、「捨てられた」のよ。健一さん)
私はキッチンへ立ち、スマホでナオミとして返信する。
『ナオミ:すべてを捨ててまで、私を……? 嬉しい。健一さん、今夜23時、海沿いの展望公園で待ち合わせしましょう。私、車を用意して待っています』
「……よしッ! 奈緒、俺、ちょっと出かけてくる!」
健一は、私に嘘をつくことすら忘れたかのように、浮足立って部屋を飛び出していった。
「仕事の相談に行ってくる」という、バレバレの言い訳すらしない。
彼が出ていった直後、私は里奈に連絡した。
『サレ妻の味方:里奈さん。今夜23時、海沿いの展望公園。健一が別の女と高飛びしようとしています。……彼が持っている「最後の現金」を取り返すなら、ここがラストチャンスですよ』
夜、22時45分。
私はこのために短期レンタルした黒のスポーツカーを走らせ、公園の駐車場に停めた。
ナオミに成り代わり、車内で待機する。
遠くから、健一の足音が聞こえてきた。
彼は、私が「弁護士費用」だと言って預かった100万円が入っているはずの鞄
中身は私がすり替え、新聞紙の入った鞄を大事そうに抱えている。
「ナオミさん!ナオミさん、どこですか!?」
彼が私の車に駆け寄ろうとした、そのとき
暗闇から、フルスイングで振り下ろされたバールが
健一の自家用車のフロントガラスを粉砕した。
「逃がさないわよ……! 私の人生を壊して、自分だけ新しい女とやり直すなんて、絶対に許さない!!」
怒り狂った里奈が、街灯の逆光を背に立っていた。
「ひ、ひいぃっ!! 里奈!? なんでここに……!」
「あんたの不倫の証拠、全部あいつの実家にも、私の親にも送ってやったわ!もう逃げ場なんてないのよ!!」
健一は腰を抜かし、地面に這いつくばった。
私は車の中から、その「地獄絵図」を無機質な目で見つめていた。
里奈が健一の鞄を奪い取り、中の新聞紙をぶちまける。
「なによこれ! 金なんて入ってないじゃない!!」
「え……? 嘘だ、だって奈緒が……」
健一の顔が、驚愕と混乱で歪む。
私はゆっくりと、車のエンジンをかけた。
ヘッドライトが、地面に伏した健一を無慈悲に照らし出す。
私は一度も振り返らず、アクセルを踏み込んだ。
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#大人ロマンス
#サレ妻