テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
深夜二時
玄関の鍵が、ガチガチと震える音を立てて開いた。
入ってきたのは、高級スーツを泥と脂で汚し
顔中を里奈に引っ掻かれた
かつてのエリート夫・健一だった。
彼は、明かりの消えたリビングのソファに私が座っているのを見て、悲鳴のような声を上げた。
「……っ、奈緒! 奈緒、いるのか!?」
「ええ。おかえりなさい、健一さん」
私は立ち上がらず、暗闇の中で静かに答える。
健一は私の足元に縋り付き、嗚咽を漏らした。
「酷い目に遭った……里奈が、あいつが待ち伏せしてて…それに、預けたはずの100万円が、新聞紙に……! 弁護士の先生はどうしたんだ!? 奈緒、説明してくれ!」
私はゆっくりと、テーブルの上のスタンドライトを点けた。
オレンジ色の光が、私の冷ややかな微笑みを浮かび上がらせる。
「弁護士? ああ、あの先生なら……もともと存在しないわよ」
「……は?」
「100万円なら、私が預かっているわ。あなたの生活費を削った分や、里奈さんに貢いだ分……私がこれから『美しく生きる』ための、慰謝料の一部としてね」
健一の思考が停止した。口をパクパクとさせ、信じられないものを見る目で私を見上げている。
「な、何言ってんだよ…お前、俺の味方だって……」
「味方? おかしいわね。数週間前、あなたは私を『女として終わってる』『家政婦だ』って切り捨てたじゃない。終わっている女に、味方を求めるなんて……滑稽だわ」
私は彼の汚れた手を、汚物でも払うように足蹴にした。
「……あ、ああ……。じゃあ、ナオミさんは!? ナオミさんはどこだ!? 彼女なら俺を助けてくれるはずだ。今夜、彼女と待ち合わせしてたんだ!」
健一は、まだ「ナオミ」という最後の藁を掴もうとしている。
私は溜息をつき、ポケットから「ナオミ用」のスマホを取り出した。
そして、彼の目の前で、メッセージを送る。
(ピロリン───♪)
健一のポケットの中で、彼のスマホが共鳴するように震える。
私の手の中にある端末に表示されているのは、『私が助けてあげる』というメッセージ。
「…ナオミさんだ……!」
健一は、まるで宝くじに当選したかのようにスマホを上に掲げて安堵の表情を浮かべた。
(…安心するにはまだ長いわよ?健一さん)
私はそんな彼を見下し、甘く冷たく心の中で呟いた。
(会社はクビ、愛人からは恨まれ、たったひとり…信頼していた愛しのナオミにすがる……それが妻とも知らずに。……あなたが唯一縋れる女は、あなたを世界で一番憎んでいるのにね)
健一さん、地獄の底へようこそ。
73
#大人ロマンス
#サレ妻