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*****




『次の満月の夜も待ってる。来るまで待つから。凍死したら化けて出てやる』


また会いたいと言う満夜の言葉をことごとく無視して、逃げるように帰って来た私のバッグには、そんなメモが入っていた。




いつの間に……。




今度は、殴り書きでも、乱暴に破ったものでもなかった。




会えるはず、ない。




着替えもせずに座り込んでいると、バッグの中から着信音が聞こえた。相手を確認して、〈応答〉をタップする。


「はい」


『越野調査事務所です。お電話いただいたようで』


低く、穏やかで、力強い男性の声。


「そちらに、主人の――別れた主人と相手に関する調査依頼がありましたら、私の時の報告書を渡してあげてください」


『え――?』


「費用が発生するようでしたら、私がお支払いします。依頼人が追加調査を希望したら、その分も」


『ちょっと待ってください。依頼人て、もしかして――』


「――よろしくお願いします!」


電話なのに、私は勢いよく頭を下げた。


越野さんには見えていないけれど、きっと伝わったと思う。


『わかりました。あなたと同じ調査対象の依頼があったら、あなたへの報告書をお渡しします。その分の費用は発生しませんが、追加調査を依頼されましたら、費用はあなたに請求します。よろしいですか?』


「……はい」


『追加調査の調査対象があなたでも、ですか?』


「はい」


『あなたに責任はないんですよ? あなたは被害者なんだから』


「わかって……ます」


『優しすぎますよ、あなたは』


「……よろしく……お願いします」


スマホの電源を切り、私は部屋を飛び出した。


私は優しくなんかない。


本当に優しかったら、彼に近づいたりしない。




彼に抱かれたり、しない。




闇雲に歩いて、目に入った美容室のドアを開ける。


「いらっしゃいませー」と、学生にも見える若い男の子が私に近づいた。


「予約してないんですけど、いいですか?」


「はい! メニューはお決まりですか?」


「カットで。ショートに、したいんです」


「わかりました。お荷物をお預かりします。メニューカードをお作りしてもいいですか?」


男の子が満面の笑みで聞く。


とにかく何か変化が欲しくて、衝動的に髪を切ろうとこの店に入った。


再び訪れることはないだろう。


けれど、目の前の彼は、そんなことは知らない。


「名前だけでも……いいですか?」


「え?」


「近々引っ越すので。下の名前と、携帯番号だけでもいいですか」


変な客だと思われているはず。


それでも、彼は笑顔を崩さずに言った。


「構いません。では、こちらに差支えのない範囲で構いませんので、ご記入をお願いします」と、クリップボードに挟んだメニューカードを差し出す。が、ハッとしてそれをカウンターに置いた。


「あ! すいません。その前にコートとバッグをお預かりします」


自然と、口元が綻ぶ。


こんな状況で、笑えるとは思わなかった。


私はコートを脱いでバッグと一緒に彼に渡した。代わりに渡されたメニューカードを、ソファに座って書く。


『満月』と、名前を書いた。


奥から私と同世代の女性が現れて、男の子からカットを希望だと伝えられる。


女性は腰まである栗色の緩いパーマヘアを、うなじでひとまとめしているだけだが、とても女性らしく柔らかい雰囲気で、私とは正反対だなと思った。


彼女は鏡に向かって座る私の背後に立ち、髪を持ち上げて見た。


「満月……さん?」


「はい」


「綺麗な髪ですが、本当にショートにしますか?」


「はい」


「では、切った髪を寄付していただいてもよろしいですか?」


「え?」


男の子がA4サイズの紙を差し出した。


それには、『あなたの髪が、誰かの希望になる』というキャッチコピーと共に、NPO法人の活動内容が記されていた。


「切った髪でウィッグを作って、病院や施設に寄付をしているんです。病気で髪を失くした方のために。ご協力いただけますか?」


「はい!」


誰かの希望になる。


その言葉が、私の希望になった。


聞けば、女性は店長で、男の子は春に専門学校を卒業したばかりの見習い美容師だった。


シャンプーやパーマ、カラーの手伝いをしつつ、マネキンでカットの練習を重ねているのだと言う。


寄付の為に、緩く髪を結ばれ、結び目の上をカットされた。


鏡越しに、肩の位置で広がった自分の髪を見て、スッとした。


ありきたりな表現だが、生まれ変わったような気分になった。


店長は私の髪をトレイに載せ、男の子に渡した。


男の子は鏡越しに私を見て、少し口をもごもごさせてから、言った。


「図々しいお願いですが、カットモデルになっていただけませんか?」


「え?」


「俺――じゃなくて僕、まだ人の髪を切ったことがなくて、カットモデルを探してるんですけど、見つからなくて。良かったら、切らせてもらえませんか?」


隣の店長が目を丸くした後、とても柔らかい微笑みを浮かべた。それから、視線を私に移す。


「仕上げは私が責任を持ちますので、お願いできませんか? もちろん、お時間があればなんですけど」


「いいですよ。お願いします」


二時間後。


彼はとても嬉しそうに、何度も私にお礼を言った。


カットの最中は何度も店長にダメ出しされて、それでも真剣な表情を崩さずにハサミを操り、見ている私まで身体が強張った。


彼の仕事に、店長は六十点をつけた。そのうちの二十点は、私にカットモデルを頼んだ勇気への評価だった。


店長は事細かにダメ出しをして、その後で容赦なく私の髪にハサミを入れた。


彼の仕上がりでは、前下がりのボブだったが、店長が手を加えると、真後ろの内側は少し長めに残し、外側は短く、軽く、頬から首のラインに沿うような動きを作り出した。


さすがだ。


自分でも、今までどうしてこんな髪型にしなかったのかと思うほど、しっくりきた。


「頭が軽くなって、シャンプーも楽だし少量で済む。手櫛でブローして、毛先にワックスをつけて遊ばせるだけで完成だから楽ですよ。ついでに、うなじがチラ見えすると、色気アップです」


鏡越しに店長と笑い合って、私は通常のカット料金の半額を払って店を出た。


「ありがとうございました、満月さん! ぜひ、また来てください」


男の子は直角に腰を折り、頭を下げた。


「こちらこそありがとうございました。すっきりしたし、お役に立てて、生まれ変わった気分です」


帰りの、私の足取りは軽かった。


見上げた空は青く、それだけで幸せを感じられた。

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