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次の日の放課後。
「清一はまた、例の呼び出しだそうだぞー」
圭吾が珍しく死守しきったパンを食べながら、トイレから戻って来た俺に向かい教えてくれた。椅子に座り、圭吾は対面に座る琉成の頭を片手で押している。『そのパンを寄越せ!』と言いたげに圭吾に向かい手を伸ばす琉成の姿が、酷く滑稽だ。
「琉成、いい加減に諦めろって。食べたいなら自分で買って来たらいいじゃん。購買ならまだやってるぞ?」
「圭吾のパンが!食べたいの!」
アルバイトをしていて金銭的には困っていない筈の琉成が、あえて圭吾のパンをやたらと欲しがる理由は想像出来ないが、このやり取りをコイツらが何だかんだ言いながらも楽しんでいる気がしたので、俺はもう何も言わない事にした。
「清一が戻るまで、充は待ってるのか?」
「まぁ、そうだな」
自分の席に座り、鞄の中に教科書類を戻していく。宿題でもやりながら待っていようかな?コイツらもまだ残っていてくれそうだし、教えてもらいながらやれて丁度いいかもしれない。
「なぁ、今のうちに宿題やら——」
俺が圭吾達の方へ声を掛けようとした時、教室の入り口付近から「桜庭君、ちょっと今時間ないかな」と女子生徒から呼ばれた声で、言葉が遮られた。
『誰だろうか』と思いながら声のする方へ振り返ると、そこには三年四組の松島陽子が控えめに手を振りながら立っていた。
胸あたりまであるストレートの髪はとってもサラサラしていて、小さな顔はモデル並みに整っていて愛らしく、色白の肌はちょっとだけ弱々しさがあり、誰もが“守ってあげたくなるタイプ”の女の子である。声は『声優にでもなれば?』と言いたくなる雰囲気があり、優しいくて穏やかな性格の為、三年生の中でもトップクラスの『彼女にしたい女子』として名をあげられる子が…… 名指しで俺を呼ぶとは、一体何があったんだろうか?
接点なんて中学が一緒だった事以外何も無い。
俺は部活をやっていないし、今までやった委員会でだって一緒になった事がない為、用件が発生するような相手ではない。
(先生から間接的な呼び出しでもあるのかな。『代わりに呼んできてくれー』とか?…… 何だろう?)
そう思いながら席を立ち、松島さんの元へと向かう。
「時間ならあるけど、何?どうかした?先生が呼んでる、とか?」
松島さんの前に少し距離を取って立ち、用件を訊いてみる。ほとんど変わらぬ身長差に、ちょっと男としてのプライドが傷付いた。『帰ったら牛乳飲もう…… 』何てくだらない事を真剣に考えていると、松島さんがクスッと笑って、俺の目をじっと見てくる。
「違うわ。用事があるのは私なんだけど。…… わかるかな、同じ中学だった松島っていうんだけど」
「もちろん覚えてるよ。松島さん、有名人だし」
「…… 私が、有名?」
きょとんとした顔をされ、この発言は失敗したなと思った。だが撤回も出来ないので、誤魔化す様に言葉を付け足す。
「あ、ごめん。ほら松島さん可愛いから、よく男子達が『彼女になってくれないかな』とか言ってるのを聞くから、さ」
褒められて嬉しく無い女子はいない筈。思い込みに近い知識だったが、松島さんは嫌な顔一つせずに、「ありがとう、嬉しいわ」と返してくれて性格の良さを少し実感した。
「あ、ごめん。脱線したね。用件って何?」
「桜庭君、今日ってこの後時間ある?」
「うん。…… あるけど、何で?」
このまま何も無かったら今日も清一の家に行っていただろうが、別に約束している訳じゃない。急用があるのならばそちらを優先しても問題は無いけど、松島さんの用事とやらがやっぱりどうやっても思い付かなかった。
「あのね、急な話で貴方にとっては迷惑かもしれないけど…… ちょっと桜庭君とお話ししてみたいなって思ったの」
軽く下を向き、もじもじしながらそう言われ、俺は目を見開いた。
(何かの罰ゲームかな?モテそうにない奴をからかって来いとか、言われたんだろうか?)
周囲をキョロキョロと見渡し、ニヤニヤと笑いながら俺の反応を伺っている奴がいないかと探してみる。見える範囲にはそういった存在は誰もおらず、教室内には圭吾と琉成が残っているだけだ。彼等は俺以上に松島さんとは接点が無いはずだし、まず俺をこういった方向でイジる様な奴らでは無いので違うだろう。
「どうしたの?何かあった?」
「いや、ごめん。何でも無いよ」
手を軽く振って誤魔化したら、「面白い人ね」と笑われた。面白い要素は何も無かった気がするが、挙動不審な俺の態度を流してくれる為の発言なのだろうと思う事にした。
「よければ一緒に少し話さない?学校じゃ落ち着かないから…… そうね、カフェとかでも行きましょう?二人きりで、ゆっくり話したいわ」
松島さんにそっと控えめに腕を掴まれ、肌がざわめいた。
「え…… ?俺と、二人で?」
「えぇ。ダメ?」
小首を傾げられ、上目遣いで見詰められる。これをやられたらオチない奴はいないんだろうなぁ…… と、冷静に見ている自分に少し驚いた。
「んー……少し待っててもらっていいかな。行けるけど、ちょっと友達に伝言頼んで来るから」
「えぇ、わかったわ」
掴んでいた手を離し、松島さんが微笑んでくれる。その笑顔に軽く笑って返すと、俺は圭吾達の方へ足早に歩いて行った。
自覚していた以上に動揺していたみたいだ。途中途中にある机に何度も脚がぶつかってしまう。そんな俺を黙って見ていた圭吾だったが、俺が彼の前に立った瞬間、学ランの胸倉を掴んでを引っ張られた。
「行くのか?」
小声で訊いてきたのは、松島さんに聞こえないようにとの配慮だろう。
「まぁ、断る理由も無いし。同じ中学だったから、きっと同窓会の相談とか、連絡先を知りたい奴がいるとか…… そんなあたりだよ」
「意外だな、てっきり俺は『俺にもやっと彼女ができるかも!』とか言い出すかと思ったよ」
「あはは…… 流石に無いよ。あの松島さんだよ?無い無い。そりゃあ本音を言えば、付き合える可能性があったら嬉しいけど…… 俺程度のレベルの相手はそもそもお呼びじゃ無いって」
「案外冷静なんだな。お前の中で何かあったのか?」
圭吾の言葉に、心臓がバクンッと跳ねた。思い当たる事なんて清一との不埒な関係しかなく、友達だろうが『そうなんだ、実はさぁ——』なんて言えるような内容じゃ無い。
「無いよ、何も」
苦笑いを向けると、圭吾が掴んでいた手を離してくれた。
「まぁいいけどさ、俺には関係無いし。清一には『充は先に帰った』って言っておくよ」
「ありがと。だけど、先に帰った理由までは…… 」
「言わないでおく。すぐ拗ねる親友を持つと、色々面倒だな」
「そうな」
俺が軽く頷くと、側にいた琉成が俺の鞄をこちらに渡してくれた。
「ありがと、琉成」
「どういたしまして」
琉成が俺に向かいニッと微笑んだと思ったら、即座に圭吾の方へ顔を向けた。そんな奴の姿を見ていると、『褒めろ!』って尻尾を振る大型犬を前にしているみたいな気分になってくる。
(何かあったのは、こっちの二人も、なんじゃ…… )
何となくそう思ったが、確信なんかないから口にはしない。
「桜庭君、もう行けるかしら?」
廊下で待つ松島さんに催促され、俺は鞄を抱え、彼女の元へと向かった。
「ごめん、待たせちゃって」
「いいのよ。じゃあ、行きましょうか」
「一番近いところでいい?」
「えぇ、そうしましょう」
ニコッと微笑み、松島さんが俺の腕に手を添えて学ランの袖を軽く掴む。待ちに待った女の子との嬉しい状況の筈なのに、俺の心の中は、ゆらゆらと不安定な状態だった。