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「頑固だね。あんただって、俺とのセックス、気に入ったろ?」
満夜は身体を起こし、直角に私を見下ろした。私の蜜にぐっしょり濡れた指を見せつけるように、ペロリと舐める。
「わた……しみたいな――」
「――年とか、ホントの名前とか、そんなのはどうでもいい。俺は――」
「――どうでもいいわけないじゃない!」
思わず、声が大きくなる。
満夜は少しだけ表情を硬くして、やっぱり私を見下ろしている。
彼に素性を隠しているのは私自身で、それなのに彼に声をかけ、こうして抱かれているも私の意思なのに、八つ当たりもいい所だ。
「お金は返さなくていい。満夜とのセックスは楽しかったわ。だから、返さなくて――っ!」
キス、じゃなく、噛みつかれた。
下唇の左端。
鋭い痛みを感じたと思ったら、彼が私を一気に貫いた。
何か言おうにも、唇は彼の唇に塞がれてできない。
ぴったりと身体を密着させ、抽送が始まる。
ゆっくりと、焦らすように。
時々、最奥に強く押し付けられ。
少しでも長く繋がっていたいと縋るように、何度も何度も私の膣内を行き来する。
こんなセックス、したことない。
こんな、大切にされ過ぎて泣きたくなるようなセックスなんて。
愛されていると錯覚しそう――。
「気持ちいい……?」
満夜が耳元で囁く。
その瞬間、私は呼吸の度に甲高い音を発する唇を噛んだ。
私がどれほど感じているかなんて聞くまでもないことなのに、改めて聞かれると恥ずかしい。
「ふっ――、ん……っ!」
「ホント、頑固だな」
そう言うや否や、抽送が加速し、肌がぶつかる乾いた音が部屋に響いた。
「俺は、気持ちいいよ。最高に」
満夜が私の唇に指を突っ込み、こじ開けた。
「傷がつく」
「噛み……っついた、くせ……に」
揺さぶられながら、何とか意味のある言葉を発する。
彼の指が、彼がつけた傷をなぞる。
「この傷を見たら、俺を思い出すだろ? こうして――っ」
両足を担がれ、腰が高く浮く。成す術がないまま、最奥を突き上げられた。
「――何度も犯されたこ……とっ、を、思い……出すだろ……」
満夜が苦しそうに眉を寄せ、目を閉じる。浅い呼吸を繰り返し、額に滲んだ汗が睫毛を濡らす。
「ひゃ――っん! ああっーーー!!」
彼の指を噛まないようにと唇を開いたら、堰き止めていた嬌声が溢れ出した。
「んっ、んんっ! あ、はぁ……っ!!」
「満月――! ……満月!」
恋人の名のように、繰り返し呼ぶ、私ではない私の名前。
気の迷いだと、恩があるからだと、自分に言い聞かせなければ、身体だけじゃなく心まで抱かれてしまいそうで怖い。
全部忘れて、縋りたくなる。
「満月……」
彼の唇から紡がれる名前が、なぜ私の名ではないのだろう。
本当の名前を呼んで欲しい。
『私』を愛して欲しい。
ああ、そうか……。
『私』じゃない。
彼が抱いているのは、『私』じゃない。
私を抱いているのも、『彼』じゃない。
私が『満月』なのは、今だけ。
彼が『満夜』なのは、今だけ。
『満月』は私じゃない――。
そう思うと、素直になれずにいる自分が、やけに滑稽に思えた。
笑われたって、呆れられたって、蔑まれたって、それは『私』じゃない。
『満月』でいられる今は、『私』を捨てられる。
「んっ、んん……っ! あ――、気持ち……いいっ!」
「満月!」
彼の肩から足が下ろされ、両肩を掴まれて上半身を起こされた。繋がったまま、私は彼を跨る格好になる。
お尻を抱えられ、突き上げられて、私も腰が揺れる。
彼の首に両腕を巻き付け、口づけた。
舌を差し込むと、すぐに彼のそれで絡め取られた。
「ふぅ……、んっ!」
これだけ激しく動いても、ベッドの軋む音がしないのは、さすが一流ホテル。
静かな部屋に響くのは、互いの呼吸と、肌がぶつかる音と、淫猥な水音だけ。
外の世界とは切り離されたこの部屋にいるのは、夢中で貪り合う男と女。
「もっ――、だ……めぇ」
何度達したかわからない。
身を捩っても仰け反っても、彼は私を揺さぶり続ける。
繋がっているところから全身に広がる甘い痺れが、思考を麻痺させる。
「イくっ! あっ――、イくぅ!!」
『私』ならば絶対に口にしない言葉を、『満月』が叫ぶ。
「俺……もっ――!」
ほぼ同時に果て、互いの身体を抱きしめて呼吸を整える。
一緒に汗を流したいと言ったのは、満夜。
そうでなくても身体が重く、思うように動かないのに、抱き上げられては抵抗も出来ず。
私は満夜の言うなりにバスタブに浸かっていた。彼の胸に背中を預ける格好で。
「チェックアウトの時間じゃないの?」
バブルマッサージも出来るバスタブの、リモコンの液晶に時刻が表示されている。
十時十二分。
朝食を食べてから、二時間近くベッドにいたらしい。
「十二時まで延長してあるから」
「……前も思ったけど、高いわよね? この部屋」
「ああ」と言って、満夜は私のうなじにキスをする。
「そんな余裕、あるの?」
「前にこのホテルの仕事をしてさ。割引券貰ったんだ」
「そう……」
こんな一流ホテルの仕事を請け負うような会社を辞めて独立するなんて、奥さんが反対するのも無理はないのかもしれない、と思うった。
けれど――。
「何考えてるか、当ててやろうか」
「え?」
「こんなホテルと取引のある会社を辞めるなんてもったいない、だろ? 里奈にも言われたな」
ハハハ、と満夜の乾いた声がバスルームに響く。
彼の、私を抱き締める腕に力がこもる。
きっと、何度も話し合ったのだろう。
それでも、奥さんは満夜の挑戦を受け入れようとしなかったのかもしれない。
だからと言って、旦那の出張中に財産持ち逃げしていい理由にはならないけれど。
ま、理由が『それ』だけならそんなことまでしなかったんだろうけど……。
「それだけ、あなたに実力があって、あなた自身もそれを強みに思っているからでしょう?」
「え?」
「自分に自信がなければ、大手を辞めてまで独立なんて考えないだろうし。まして、結婚しているなら」
私は両手を、掌を上にしてくっつけて、お湯をすくった。
すくってはこぼれ、すくってはこぼれる。
「……満月は、旦那が俺みたいなことを言い出したら、許すのか?」
「そうね。私はそれなりの立場も稼ぎもあるから、許せるかもね。ま、無条件にってわけにはいかないでしょうけど。事業計画と資金計画次第かしら」
「じゃあ――」と言って、彼が片手で私の顎をすくい、顔を寄せた。
「――事業に失敗したら、面倒見てもらおうかな」
身体が熱い。
鼓動が早い。
キスが気持ちいい。
のぼせそう……。
おぼれそう……。
そうなる前に、私は勢いよく立ち上がった。
「計画書が私の審査を通ったら、ね」と言って、バスルームのドアを開ける。
「失敗しなくても、これで最後にはしないからな」
彼の言葉に、私は振り返らなかった。