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「ねぇトアルコ、聞いたことある? アステリアって街」
朝食の席、サンドイッチをくわえながらパクパクが言った。
赤い鱗に朝日を反射させながら、尾をぱたぱた揺らしている。
「アステリア……?」
「うん、魔族も人間も獣人も、みーんな一緒に住んでるんだってさ! 争いゼロ、ってうわさ!」
その言葉に、トアルコの手が止まった。
「……そんな場所が、あるんだ……」
そっと、テーブルの上のミントの葉に触れる。
願うように、花が一輪だけ咲いた。
その夜、トアルコは密かに旅支度をしていた。
「行くんですか? 本当に」
リゼが後ろから声をかける。
「うん。どんな風に“共に暮らしてる”のか、見てみたいんです」
「……じゃあ、護衛はする。黙って斬らないように努力する」
結局、パクパクとリゼ、ネムル、そしてアルルまで同行することになった。
「興味あるだけよ。監視の一環」
そう言いながらアルルは、地図をしっかり持って先頭を歩いていた。
アステリア。
石造りの街並みに、カラフルな旗がはためく美しい都市。
市場では猫耳の少年が人間のパン屋で働き、角の生えた老婆が薬草を売っていた。
「……なんて、穏やかなんだ……」
トアルコは思わずつぶやいた。
だが――その背後で、ざわつきが起きる。
「……あいつ、魔王じゃないか?」
「本物? うそ……」
人々の視線が一気に集まる。
ネムルが眠そうに身を起こし、リゼが鎌に手を添える。
だが、トアルコは一歩前に出た。
「僕は、トアルコ・ネルン。魔王として、ここに来ました」
広場に沈黙が走る。
「戦いに来たんじゃないんです。共にある“しあわせ”が見たくて……」
そのとき、幼い獣人の少女がトアルコに近づいた。
「……こわく、ないの?」
「うん。僕の方こそ、きみが怖がらないでいてくれて……ありがとう」
トアルコが微笑むと、少女は花を一輪、彼の手に乗せた。
「こっちの方が、似合うと思う」
街は静かに拍手に包まれた。
アステリアの長老が一歩前に出る。
「……争いのない魔王か。今はまだ信じきれぬが、“試す価値”はある」
その夜、アステリアの空に祝福の灯がともった。
魔王が初めて“受け入れられた”夜だった。