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「ここに、入れて置けば、大丈夫ですよ?」
タマは、簡単に言ってくれるが、皆の顔は、蒼白、を、越えていた。
「……こ、これは、いったい」
「あ、兄様、聞かぬ方が、良いのでは?」
「ああ、紗奈《さな》そうだな。更なる驚きの事実が出てきそうだからなあ」
「もう、なんですかー、そこの、兄妹《きょうだい》!そもそも、タマは、犬だけど、犬形なんですから、これくらい持ってて、当たり前なんですからっ!」
皆の反応が、頭にきたのか、タマは、がああーと、口を開けて犬歯を見せた。
「あー、はいはい、タマは、そうでしたね。せっかくですから、使わせてもらいましょう」
「あっ、そうですか?橘様。じゃあっ」
言うと、タマは、コロリと腹を見せ、横になった。
「さあ、どうぞ」
常春《つねはる》も、紗奈《さな》も、顔を見合わせる。
「紗奈、さあ、タマの機嫌の良いうちに……」
と、橘が、囁く。
「あー!凄く、便利そおー!」
空々しい、紗奈の言葉に、タマは、わん!と、嬉しげに吠えた。
謎の、秘密袋とかいう空間に、紗奈は、恐る恐る錠前をいれた。すると、タマは、すくっと、起き上がり、行きますよ、と、何やら、先導してくれる。
「そ、そうだわ、これからが、本番だった!橘様!その、刃物を!」
紗奈は、覚悟を決めなければ、とばかりに、髭モジャが残して行った、刃物を見た。
「ダメです!うちの人は、ズブリ、なんて、言ってましたがね、紗奈、お前は、調理すらしたことがない身の上、刃物もまともに握った事がないのに、悪漢を、ズブリどころか、お前が、やられてしまいます!」
「え、え、え、で、でも、橘様、もしですよ、新《あらた》に、襲われたら……」
「その時は、噛みついておやりなさいっ!それに、タマが、いるではありませんか!!」
えーと、と、紗奈は、足下にいる子犬を見る。
確かに、普通の、犬ではないが、あくまでも、タマだ。
「あー、上野様、なんですか、その、信用ならないという顔は!」
「いや、あのね、新の方が、体が、大きいし、そこのところがね」
紗奈は、しどろもどろになりながら、タマの機嫌をとった。思えば、女《さな》と子犬《タマ》、という、組み合わせで、初めて、新を油断させられる。
ここで、タマと仲違いしてしまえば、仕返し、という、計画は水の泡。悔しさだけが、残ってしまうだろう。
そして、もしも、新が、屋敷に潜入している者たちへ、伝言事など、持って来ていれば、仕返しどころか、本当に、屋敷が、襲われることになる。
「そうね、タマは、小さい。だけど、小回りが、誰よりも効くでしょ?タマ、紗奈を助けようと、前へ出てはいけませんよ?すぐに、吹き飛ばされてしまいます。タマは、最後の砦、もしもの時まで待って、新の急所へ噛みつきなさい」
橘が、気を利かせ、タマに、知恵をつけてやる。何しろ、紗奈と、タマなのだ。相手は、そこで確実に油断する。しかし、何か勘づかれてしまえば、きっと、どうにもならないだろう。
「橘様、やはり、私も……」
見かねた常春が、口を挟んだ。
「本当はね、そうして欲しいけれど、おそらく、新も、そろそろ、動こうと、思っているはず。そこへ、家宝のお軸を運び出す、なんて、鼻薬嗅がされたら、うっかり、乗っかってくると思うのよ」
「なるほど、私が、いると、やはり、警戒されますね。紗奈、本当に、無茶はするな。ダメだと思ったら、噛みついてでも、逃げろ。そして、タマ、妹を頼む」
常春は、タマに、頭を下げた。妹、紗奈の無事を、頼めるのは、タマしかいないのだ。
「うわっわっ!!常春様ーー!!タマ、絶対、上野様をお守りします!!!」
タマは、常春に頼られ、しっぽをピンと立て、答えた。
「じゃあ、タマ、行きましょう!で、新、まだ、調理場にいるのかなぁ?」
「ん??さあ?タマにも、わかりません。色んな匂いが、まじって、新の、匂いがわかんなくなっちゃった」
……そ、そんな。
一抹どころか、かなりの不安を覚えつつ、紗奈は、タマを引き連れ、調理場へ向かった。
「橘様、やはり、私も」
顔をひきつらせる、常春に、橘は、大丈夫よ、と、かすかに笑いながら言った。
「ほら、ちゃんと、護衛が、ついてるわ」
言われて、常春は、ひっと、息を飲む。
コトコトと、小さな歩幅で、晴康《はるやす》の姿が消えた後に残った、あの人形が、紗奈と、タマの後を着いて行っていた。
「ふふふ、晴康様ったら、よっぽど、心配なんでしょうね」
「……晴康が……。橘様、なんとなく、私も安堵しました」
「あとは、朗報を待ちましょう?
」
言う、橘に、常春は頷き返した。