TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する


「タマ、急ぐわよ」


紗奈《さな》は、小走りに廊下を進んだ。


橘から借りて纏《まと》っている、衣が、非常に身動きがとりやすい。


女房姿の、袴に、打掛に、諸々重ね着の装束では、ここまで、身軽に動けなかっただろう。


「上野様、なんだか、弾けてますねー」


「身につけるもの一つで、こんなに、動きが違うとは、知らなかったわ!」


「タマなんか、なにも纏ってませんから、身軽ですよ!」


言って、ぴょんと、跳ねた。


「じゃあ、その身軽さで、先に、新《あらた》の所へ行って」


紗奈は、庭へ降りる階《かいだん》を、見た。


「あっ、タマは、渡り回廊の下をくぐって行きますから、上野様は、ぐるっと回って、来てください」


「あー、タマは、犬だもんねー、どこへでも潜り込めるわ。まったく、肝心な所へは、回廊が、繋がってないなんて。新には、大切なモノを、運び出すって、手がたりないって、それだけ言って。私も、すぐ、追い付くから」


はい、わかりましたー、と、タマは、言い捨て階を使うことなく、縁側から、ぴょんと、飛び降りると、屋敷の棟と棟を繋ぐ回廊の下へ潜り込み、姿を消した。


「あー、私も、縁側から飛び降りちゃおかしらって、言っても、けっこう、高さあるからなあー」


ぶつぶつ文句を言いながら、紗奈は、階を降りた。


橘達の住みかにもなっている、染め殿含め、新がいるはずの、調理場など、作業をおこなう場所は、屋敷の母屋部分から、離れた裏庭に、別棟として、個別に存在している。


作業の音や匂いなどが、母屋へ届かないようにと配慮されての事なのだが、まさか、こうも、あちこち、移動するとは思ってもいなかった。


女房職である、紗奈は、屋敷の内で、回廊伝いに、主の居場所を行き来していればよかっただけに、まさに、目が回る状態だった。


なにより、大納言という身分の屋敷となれば、その敷地は広大を越える。主である、守近は、正三位であるから、二千坪強の敷地を与えられていた。


はい、それじゃ、裏庭で、とも、おいそれと言えないのだった。


「あっ、しまった。下履《ぞうり》を、忘れて来た!もう、踏んだり蹴ったりね。裸足のままで、行くしかないかっ!」


紗奈は、そのまま裏庭にある、調理場へ向かった。タマの方が先に着くはず。ぼろを出されては、ならないと、懸命に走った。


そして──。


渡り廊下である、回廊の下に潜り込んだタマは、走り去る紗奈の姿を伺っていた。


「さあ、誰もおりませんよ。晴康《はるやす》様」


その声に、ひょこりと、例の人形が、顔をだす。


「タマの、背中にお乗りください」


コトコトと、人形は歩み寄り、タマの背中によじ登った。


「上手く、タマの、毛のなかに、隠れてくださいね。そして、しっかり、おつかまりください。全速力で、行きますから!」


言うと同時に、タマは、ダッと駆け出した。


さて、その頃、もう一人、下履《ぞうり》を忘れたと、愚痴る者がいた。


「ありゃー、外に内にと、行き来しておったら、結局、ハダシになってしもうたわ」


屋敷の正門前で、髭モジャは、野次馬に、言い訳のような事を言っていた。


あれから、牛だけではなく、吸い込まれるように、猫まで、それも、大量に、屋敷の中へと入っていったと、野次馬は、増えに増えている。


「おい、髭モジャ、なにやってたんだよ」


「俺たちゃー、ずっと、牛の番だせ?!」


野次馬の、怒りに、髭モジャは、頭を下げつつ、


「すまんのぉー、女房殿と、粥を食っていたのじゃ、許してくれ」


と、しおらしく、詫びた。


「はあーーーー?」


「髭モジャ、飯、食ってたのかのよっ!!」


「いやいや、ちょっと、待て。髭モジャ、紗奈に手を出したなんだって、橘さんと、揉めてなかったか?」


「おー!そーだったなあー!」


そりゃ、自分の女房の機嫌をとらなきゃいけねぇーわ、と、野次馬は、盛り上がっている。


その隙に、髭モジャは、門の前で横たわる、牛の、若の、耳元で囁いた。


「若よ、西門にいる、牛達を呼べ。そして、皆で、西市の裏路地へ、向かうぞ」


若は、髭モジャに、答えるように、もおー、と、鳴いた。

羽林家(うりんけ)の姫君~謎解き時々恋の話~

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

0

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚