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精神的疲労というものはかなり厄介な代物だ。自分ではどうにも抗い難い疲労に全身が襲われ、覆す事も難しい。

初日の解呪が終わり、宿屋に戻るなりトウヤ様は死んだようにベッドに倒れ込み、食事もしないまま眠ってしまった。着替えもしていないし風呂にも入っていない為、一時間程経ってから起こそうと体を揺すってみたがトウヤ様が起きる気配は全く無い。ライフゼロとはこんな状態なのかというくらいに、彼は深い眠りに落ちていた。


「仕方ないですね。今日は……本当にお疲れ様でした」


眠るトウヤ様の頰にそっとキスをし、トウヤ様が着たままになっていたダボダボの白衣を脱がせると、布団をかけて整えた。


鞄の中から裁縫道具を取り出し、白衣の寸法を直していく。神殿と連絡を取って早急に小さめの白衣を手配してもらうつもりでいたが、もう日が暮れている。宅配を請け負ってくれるペリカンやハーピーは夜目がきかないので飛んでもらうには明日の朝まで待たないといけない。裁縫は嫌いでは無いので、もう自分でやってしまう方が早いだろう。


一時間程かけて寸法を直し、宿屋の人に頼んでアイロンをかけておいてもらう事にした。久しぶりの裁縫で目も疲れたし、私ももう休もうと、まずは風呂を済ませ、寝る用意をして夜着に着替え、私はトウヤ様の眠るベッドに侵入していった。


「あぁ……トウヤ様、可愛い」


スヤスヤと眠るトウヤ様の寝顔を見て、嬉しさを隠し切れず頬が緩む。頰を二、三度撫で、脇に腕を入れて抱き枕みたいにトウヤ様を抱き締めた。『大事にする』と言いはしたが、触れないと約束はしていないんだからいいですよね!と、自分に言い訳をしながらニンマリとした笑いを浮かべた。


「小さいなぁ。それにちょっと柔らかい……んー!いい香りだ」


トウヤ様の黒髪に顔を埋め、くんくんっと匂いを嗅ぐ。最近ずっと同じシャンプーで髪を洗っているのに、彼が使うと自分の髪の匂いよりも素敵に感じるのは何故だろうか?と不思議に思ってしまう。

今まで他人との関わりの薄い人生だった。自分からも人との関わりを極力避けてきたせいで、トウヤ様との丁度良い距離感が掴めない。ここまで同じ相手と長くすごすなど、家族とすら経験が無いので、ついトウヤ様に入れ込んでしまう。しかも……『好きだ』と言ってもらえたとなると、手放しがたい気持ちがどうしても強くなる。いつか自分の世界へ戻る為、この世界を深く知り、その力を発揮してもらえる様になる為に旅を始めたとわかってはいるが、どうにかして帰りたい気持ちをへし折る事は出来ないだろうか。


——そんな事を考えていると、トウヤ様を抱き締める力が無意識に強くなった。


「んっ……」

苦しかったのか、トウヤ様が呻きに近い声をあげた。

「すみません、トウヤ様」

力を緩めたが手放しはしなかった。……いいや、出来なかった。

少しの間様子を伺い、顔をじっと見詰める。すると、トウヤ様はまたすぐに穏やかな寝息をたて始めた。

ホッと安堵の息を吐き出し、再びトウヤ様をギュッと抱き締める。このままでは流石に寝にくいので、抱き締める手を離す。そしてトウヤ様の首の下に腕を差し込み、腕枕をする様な状態になると、額にそっとキスをした。


「おやすみなさいませ、トウヤ様。いい夢を見て下さいね」


囁き声でそう告げて、瞼を閉じる。昨日と違って抵抗される事なく胸に抱き込めたので、私が眠りに落ちていくのにそう時間はかからなかった。




「おはようございます、トウヤ様」

室内のカーテンを開けながらルナールがそう声をかけると、柊也が眠そうな顔のまま目を覚ました。大きくあくびをし、目を擦る仕草がちょっと可愛くって、ルナールのカーテンを掴む手が止まった。柊也の耳横の髪が少しハネている。腕枕で一晩寝かされていたせいか、寝癖がついてしまったみたいだ。

「おはよう、ルナール」

「おはようございます。トウヤ様、部屋のお風呂の用意をしておきましたから是非どうぞ」

「あぁ、ありがとう。——あ、そっか、僕……帰って来てそのまま寝ちゃったんだね」

「かなりお疲れでしたので仕方がないかと」

「そうだね……うん。正直かなり疲れたかな。延々と知らない人の世間話しをされてもねぇ……。おかげで少しはこの村の人間関係がわかった気がするけど、活かす機会は無さそうだな。僕等は間者じゃないしさ」

「確かに、そうですね」

ぐーっと伸びをして、柊也がベッドから降りる。既に用意しておいてくれていた着替えを手に持つと、ルナールに「着替え、用意してくれてありがとう」と柊也がお礼を言った。

「いえいえ、いいんですよ。……一緒に入りましょうか?背中を流してさしあげますよ」

「自分だけで入って来ますっ!」

柊也はそう答えると、逃げる様に浴室へ入って行った。



お風呂や着替えなどの準備や食事を済ませると、柊也がルナールから白衣を受け取った。

「おぉぉ!ぴったりのサイズだ!」

受け取った白衣を着て柊也が嬉しそうに笑う。折らずとも袖は長過ぎないし、ポケットの位置も下過ぎないので使いやすそうだ。丈も丁度よく、最初から柊也の為に誂えたみたいだ。

「サイズの問題は無さそうですね、よかったです」

散々腕に抱いたりしてきたので柊也の大まかな寸法はわかっていた。だが、丁度よく作れている確信は流石に無かったので、ルナールはほっとした。『丁度いいサイズの白衣を用意する』と言っておきながら合っていなかったら恥ずかし過ぎるが、それは回避出来て本当に良かった。


「それじゃぁ……行きますか」


白衣の前ボタンを閉めて、柊也が苦笑いを浮かべる。昨日の事を思い出すとちょっと気が重い様だが、与えられた役割はキッチリと演じきらねば……と、どうしても思ってしまうのは【純なる子】の素質とも言える部分からくるものなので、柊也自身ではどうにも出来なかった。

「はい、仰せのままに」

看護師の制服を着たルナールが、仰々しく頭を下げた。



宿を出て二人が村内唯一の病院に向かう。早い時間だったが周囲にはもう店を開けていたりパンを焼く匂いなどが漂い、小さいながらも商店街と言える通りで人々が仕事の用意をしながら柊也達に声をかけてくる。

「あら、おはよう。昨日はありがとね!」

「今日そっちへ伺おうと思うんだ、その時はよろしくな」など、皆が皆気さくな雰囲気で、レーヌ村のモユクの時の様な拒絶反応を見せる者は居ないみたいだ。

「そう言えばトウヤ様」

「何?」

「今日は昨日よりも、一人にかける時間は短くなさった方が良いかと。待っている方が時計を見ながらそわそわしていましたからね」

「うん……僕もそうしたい。お悩み相談室とかじゃないしね」

でも、出来るかなぁ……自信無いなぁと思いながら、柊也は額を押さえた。

「私が対処しましょうか?些か乱暴な言い回しになってしまうかもしれませんが」

「いや!僕が自分でなんとかするよ」

モユクを相手にした時のキツイ言い回しを思い出し、柊也は即座に断った。『人と接するのが苦手だ』と断言していたルナールに『解呪に来たけど雑談もしたいんだよね!』な方々の対処をさせたらどうなるかなど、簡単に想像が出来たからだ。

「……わかりました、ではトウヤ様にお任せいたします」

ルナールは頷き、柊也の腰を抱いた。「え?」と一言こぼし、顔を赤らめた柊也がルナールの顔を見上げる。目が合った瞬間ニコッとルナールは笑ったが、抱いた腰は離さなかった。

「では行きましょう、トウヤ様」

「え、あ……うん。そう、だね」

周囲には人目もあり、腰を抱かれたまま歩くのはとても恥ずかしかったが、抱かれた腕の温もりがとても心地良くって、柊也は腕を振り解く事までは出来なかった。




「——次の方、どうぞ」

午前の解呪が終わり、昼休憩を経て午後の開始時間になった。昨日よりは人数を捌けた気がするが、やはり『呪い』とは無関係な雑談を始めるヒトが居るせいで解呪行為は当初柊也達が予測していたよりも進まなかった。

引き戸が開き、柴犬っぽい耳と尻尾の生えた男性が一人、ルナールと共に診察室へ入って来た。『何が起きるんだろう?』と、おどおどした感じがあり、室内を何度も彼が見渡している。


「……トウヤ様、少し問題が」


ルナールは柊也に近づくなり、メモを渡しながら耳元に顔を寄せてきた。

渡されたメモを柊也がすぐに見たが、綺麗な字で『クイネ氏、問題無し』と書かれている。

「問題無し……?この人は呪われてないって事?」

「はい。なのでお帰り頂くか、アイク先生に診てもらうように勧めたのですが、彼の話ですと『奥さんが呪われているからウチまで来てくれないか』との事なんです」

「奥さんは歩けないとか?重症なのかな」

「いいえ、いたって体は健康らしいのですが『自分は呪われていない』と、呪われている事を全く自覚してくれていないから連れて来られなかったんだそうです」

「そういう場合もあるの?」

「そうですね、内面の問題ですと無自覚な事もありえるかと」

「じゃあ行かないとだね。んでも……他にもまた待ってる人居るよね?」

柊也はチラッと引き戸の方へ顔をやったが、もう扉は閉まっていて、待合室の様子は見えなかった。

「はい、まだご老人達が」

「よし、わかった。ありがとうルナール」


小声でのやり取りを終えて、柊也が柴犬っぽい人の方を向いた。ルナールは柊也から離れて一礼し、待合室へ戻って行く。

「一度そちらへ座ってもらっていいですか?」

「あ、はい!」

柊也に声をかけられて、クイネは促されるまま椅子に座った。

「えっと、解呪希望対象者は家にいらっしゃるのだとか?」

「はい、そうなんです。一緒に行こうと昨日も頼んだんですが、渋い顔で……睨まれました」

眉間に皺を寄せ、心底困った声色で男が簡単に説明する。だが『睨まれました』と告げた瞬間だけは不思議とクイネの顔が少し赤くなった気がする。

「では、家まで行かないとですね。この紙に家までの道順を書いてもらってもいいですか?今日か明日の夕方にでも伺いたいんですが——」

クイネは柊也の言葉を遮り「今日でお願いします!一日も早く呪いをどうにかして欲しいんです」と叫んだ。

「あと、あと……『奥さん』の前だと話難い事もあるかもなので、診察終了時間にボクが迎えに来ようかと思うんですが、どうでしょうか?」

「いいんですか?二度手間になってしまいますけど」

「呪いを解いてくれるのでしょう?しかも貴方様は【純なる子】なのですし、迎えに来る程度の事は当然です!」

「そうして下さると助かります。宿屋と病院の往復くらいしかしていないので、迷子になっちゃいそうですからね」

「でしたら、お休みの日にでもボクが案内しましょうか?大きな村ではありませんが、それなりに見所もありますから」

クイネの顔がパァと明るくなり、期待に満ちた目を柊也へ向けた。

「ありがとうございます。でも……(雑談時間があるせいで)解呪に苦戦しているところなので、観光までする時間は無いかも」

柊也の言葉を聞き、クイネが明らかに肩を落とす。驚く程感情の読み易い人だった。

「えっと、それじゃあ。お話はまた後で改めて、道中かお宅に伺ってからという事で」

「はい!ありがとうございます」

ペコペコと何度も頭を下げてクイネが礼を言う。まだ解呪もしていないというのに、してもらった後の様な反応だ。

「では、失礼します」

小さめの体をくの字に折り曲げ、頭を何度も下げながらクイネが診察室を出て行く。腰の低い人だなぁと、柊也は手を振りながら思った。

「クイネさんは……異常無しっと」

ルナールからもらったメモをカルテに書き写しながら、柊也は「長い一日になりそうだや」と呟いた。

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