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第4章:連鎖する消失
教室のドアを開けると、いつもよりさらに静まり返った空間が俺を迎えた。
席に着くと、机の上には昨日まで笑顔で座っていた者たちの名残だけがある。優輝は事故でいなくなり、美月も休んでいる。大樹も今日はいない。残されたのは俺と、ぼんやりと座っている数名のクラスメイトだけだ。
「……また誰か、休みか」
俺は呟く。声は教室の空気に吸い込まれ、反響すら返ってこない。昨日まではまだ笑い声や冗談が交わされていたのに、今はまるで世界が沈黙しているようだ。
昼休み、窓の外を見ていた。校庭には誰もいない。普段なら部活や遊びで賑わう場所も、今日は無音だ。鳥の声さえ聞こえず、風だけが廊下や校庭をかすめていく。
俺は背筋に寒気を感じ、席を離れ屋上へ向かった。屋上には昨日まで誰かがいた痕跡が残っているが、今日も誰もいない。空は青く澄んでいるのに、胸の奥は暗く、重苦しい感覚に支配される。
ふと、屋上の端にある手すりの向こうで、影が揺れた気がした。振り返っても誰もいない。だが、確かに人の気配を感じた。俺の心臓は早鐘のように打ち、呼吸が浅くなる。
放課後、教室に戻ると、さらに欠席者が増えていた。空席は増える一方で、教室の空気はますます重くなる。誰かが話しかけても、返事はなく、ただ沈黙が返ってくる。恐怖というより、虚無の感覚がじわりと押し寄せる。
廊下に出ると、また小さな違和感を覚えた。人気のない廊下を歩く俺の周囲に、足音や声がかすかに響く。振り返ると誰もいない。だけど確かに、昨日までいたはずの友達がそこに立っているような錯覚があった。
その日の夜、家でスマホを開くと、SNSには昨日からの欠席者の情報が溢れていた。事故や病気、理由不明の欠席――誰もが説明できず、ただ不安を拡散しているだけだった。俺もまた、何か行動を起こさなければと思うが、指先が止まる。何をしても、変わらない現実がそこにあるだけだった。
翌日、教室に入ると、ほとんどの席が空席になっていた。大樹も美月もいない。優輝の事故はすでにニュースになり、名前を聞くたびに胸が締め付けられる。俺は誰もいない教室で、机に突っ伏した。
「……これ、止まらないのか」
声にならない声で呟く。沈黙の中、教室の壁に貼られた掲示物が、まるでゆっくりと揺れているように見える。目を凝らしても、そこには誰もいないのに、心の奥がざわつく。
夜、夢を見る。
昨日まで笑っていた友達たちが、再び手を伸ばしてくる。触れようとすると消える。夢の中で声をかけても、反応はない。目が覚めると、汗で全身が冷たく濡れていた。胸の奥の不安は、さらに重くなっていた。
その後も欠席や失踪は続く。クラス全体が崩れ、笑顔は消え、日常の光景は徐々に色を失っていく。教室に残された俺は、孤独と恐怖の中で、ただ時間の経過を感じるしかなかった。
そしてふと思う。
誰も助けられない。誰も戻らない。現実は、俺一人を残して静かに壊れていく。胸の奥に、絶望が確かに広がっていく。
教室の窓から差し込む夕陽も、屋上の風も、もう慰めにはならなかった。ただ、影だけが長く伸び、俺をじっと見下ろしているようだった。
俺はその影に目を伏せる。もはや、希望は見えない。
残されたのは、沈黙と孤独と、連鎖する消失の痕跡だけだった。