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街灯の光が女王の様なタワービルの前に立つ彼女を幻想的に浮かび上がらせ、まるでこの世のものとは思えない美しさで、榊原は思わずウットリと見とれて、ため息をついた
彼女は遠くを見つめていた・・・表情は静かでどこか孤独を湛えているようだった、だが、その瞳には揺るぎない意志が宿り、榊原の胸を締め付けた
あの厳しさ・・・あの優しさ・・・そして彼の命を救った決断・・・全てが、この一人の女性に集約されている、
―ああ・・・俺はこの人が好きなんだ・・・―
心臓がドクドクと高鳴り、感謝と尊敬、そして何か言葉にできない感情が胸に溢れた
「主任~♪今お帰りですかぁ~♪」
花田の声に鈴子は振り返りって柔らかな微笑みを浮かべた
「花田さん、榊原君、お疲れ様、今帰り?」
「はい、主任!」
花田が元気に応じ、榊原は彼女の声に押されるように一歩進み出た、心臓がドキドキと鳴り響く、手術を乗り越えて、こうしてまた主任と話せている嬉しさがある、何か、勇気を出してみようか
榊原はゴクリと唾を飲み込み、声を絞り出した
「あっあの・・・主任・・・すぐそこに、めっちゃ旨い焼き鳥屋があって・・・もし、よかったら・・・今からみんなで―」
その時突然、低いエンジン音が車寄せに響き渡った、巨大な白いリムジンが夜の闇を切り裂き、三人の前に滑り込んできた
その流線型の車体は、街灯の光を浴びて眩い輝きを放っていた、低いエンジン音を響かせて、静かに三人の前に停まり、榊原と花田は驚いて、目の前の重厚なリムジンから目が離せなかった
運転手が降り立った、黒い制服に身を包んだ彼は鈴子に深々と一礼した、そしてバカンッと重厚な音を立てて後部座席のドアが開けた
榊原と花田は中に乗っている人物を見て、ハッと息を呑んでその場に立ち尽くした
後部座席のフカフカの革シートに定正が座っていた
シルバーフォックスの襟が付いた黒いレザーコートが定正の堂々たる体躯を包んでいる、レザーの手袋に中折れ帽、長い脚を優雅に組み、彼はまるで玉座に君臨するライオンの様にそこにいた
定正は「くわぁ・・・」と大きくひとつあくびをし、ギロリと榊原と花田を見捉えた
―うっ!―
二人は鋭い視線を定正に向けられ、蛇に睨まれたカエルのようにその場に凍りついた、定正の目はまるで魂の奥まで見透かすような鋭さで、二人が言葉を発する力を奪った
「それじゃ、また明日」
鈴子はその重苦しい空気を断ち切る様に穏やかに言った
彼女は淡い水色のコートの裾を軽く翻して後部座席に滑り込んだ、ピッタリと閉じた両足を優雅に回し、フカフカのシートに腰を下ろす、バタンッとドアが閉まると、リムジンは再び風のように静かに走り去っていった
榊原と花田は、しばらくその場にただ立ち尽くしていた
リムジンのテイルランプが夜の闇に溶けてなくなる頃、ようやく二人は息をついた
「・・・やっぱり・・・噂は本当なんでしょうね・・・」
花田が小さく呟いた
「噂?」
榊原が聞き返す
「知らないんですか?」
「だから何が?」
榊原と花田はじっとお互いを見合わせた、やがて花田が言った
「高村主任は会長の愛人なんです」