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「アリアケ様。サムズ共和国西部の魔泉、そのほとんどにおいて異変が観測され、本国から聖教騎士団まで派遣される事態となりました」
私がキスヴァス共和国にあるミンネ聖教団の教会で聞いたのはそんな話だった。
そのため私たちは急遽、キスヴァス共和国の隣国である大陸西端の国サムズ共和国へと向かうことになった。
サムズ共和国に入ってすぐ、暗い顔をしている住民が多いことに気付く。それほど状況が悪いということなのだろう。
噂によると、スタンピードの恐れがある場所も1件どころの話ではないらしい。
そのまま真っ直ぐ西へ向かっていくごとに状況が悪くなっていることを肌で感じる。
住民たちも不安がある西側から少しでも離れようとしているのか、連日連夜のように大きな荷物を持って移動している人の姿が見受けられた。
避難する時間があったのは不幸中の幸いだが、急に住む場所を追われることになった人々のことを考えると居たたまれない気持ちになる。
この問題を真の意味でどうにかできるのは私たちだけだ。
「マスター、あれを」
「あれは……」
街を出発したところでコウカが遙か空の上を指さす。
その先に見えたのは編隊を組んで飛ぶ竜の姿だ。
「聖教竜騎士団かな」
「かもしれませんね」
この国の竜騎士という可能性もあるが聖教騎士団も派遣されるという話だったし、聖教竜騎士団が派遣されていてもおかしくない。
「急ごう。間に合わなくなる前に行かなくちゃ」
◇
ミッドウッドという街がある。
この街がダンジョンの異変に対する軍隊の臨時の司令部となっている。この街には軍隊の他にも冒険者や聖教騎士団も続々と集まってきているようだった。
「失礼。ユウヒ・アリアケ様とお見受けします」
街に入ってすぐに話しかけてきたのはミンネ聖教騎士団の制服を着た騎士だった。
彼は聖教第二騎士団の団長、クラウス・ツェルデンブルクという人に私を連れて来るように言われてきたらしい。
断る理由もないし、私は二つ返事で承諾した。
「自分は第二騎士団団長、クラウス・ツェルデンブルクだ。まずはここまで足を運んでくれたこと、誠に感謝する」
「初めまして、ユウヒ・アリアケです。よろしくお願いします、えっと……ツェルデンブルク団長」
私は彼と握手を交わす。ゴツゴツとしていて大きな手だ。
目の前にいるのは如何にも歴戦の勇士といった風貌の屈強な中年男性だった。見たところ、第一騎士団団長のヨハネスさんよりも年上だろうか。
「アリアケ女史がこの街に来たのは、異変に対処するためといった認識で間違いないかね?」
「はい。私たちは異変を鎮めるためにここに来ました」
彼ら聖教騎士団は私たちの魔素鎮めをサポートしてくれるつもりらしく、そのために私たちが魔素鎮めを行うためにどうしなければならないかということを彼に教えた。
魔泉の中心へ向かい、精霊たちの力を私が増幅させて治める。言葉にすると簡単だが、実際にはすごく手間のかかる作業だ。
「この後、我々聖教騎士とサムズ共和国軍、冒険者ギルドの代表が集う会議がある。それにアリアケ女史も参加してほしい」
私はこれにコウカたちに側にいてもらうことを条件に承諾した。
そして会議の場。
聖教騎士団からはツェルデンブルク団長とその副官、そして聖教竜騎士団の代表もこの場にはいるようだった。
「ご無沙汰しております、アリアケ様」
「あ、カーティスさん」
聖教竜騎士団の代表者はゲオルギア連邦でのスタンピードの時に、私たちを助けに来てくれた竜騎士団を率いていたカーティスという若い男性だった。
どうやら聖教竜騎士団からはカーティスさんの部隊が派遣されてきたらしい。見知った人が居て、少しホッとする。
そうしているうちにサムズ軍と冒険者側の人間も揃い、作戦会議が始まった。
「異変が観測された中でも、スタンピードの兆候がある魔泉がこの3点です。この通り、それぞれの距離が離れており、同時に対処するのは難しいでしょう」
「その近辺の避難状況はどうなっているのです?」
「5割が避難できていればいいといったところでしょうか。5日前から軍主導で避難誘導をしていますが、避難が遅れている場所では未だ3割ほどだと」
そうなると、5日で全ての避難が終わるような状況ではない。いつスタンピードが起こってしまうか分からないのだ。
下手に戦力を分担して対処しても、押しきられてしまえば意味がないだろう。
「やはり一つ一つ潰していくほかないでしょうな」
「潰す……? 何をなさるおつもりで?」
ツェルデンブルク団長の言葉にサムズ軍の司令官が怪訝な顔をする。
それもそうだろう。魔泉の異変を治める力の情報はミンネ聖教団の中だけで留められているのだから。
「ここに座っておられるのはユウヒ・アリアケ様とその眷属である精霊様だ。彼女たちには魔泉の異変を鎮める力が備わっている」
言ってしまってのいいのか、と思ったが緊急事態だし信じてもらうためにも本当のことを言うのが手っ取り早いか。
「ユウヒ・アリアケ……噂のスライムマスターか」
「精霊……異変を鎮める? 本気で言っておられるのか、ツェルデンブルク殿」
冒険者ギルド側やテムズ軍側の人が驚いた表情や疑わしい目を私たちへと向ける。
「もちろん、本気だとも。彼女たちは既に幾つもの異変を解決している。ゲオルギア連邦や隣国キスヴァス共和国の話は司令殿も知っておられるだろう」
テムズ軍の司令が唸る。
そして難しい顔で考え込んだのち、口を開いた。
「たしかに、異変が治まったという話はここ最近多く聞くようになっていた。……いいでしょう。貴殿の言葉を信じます」
「感謝する。なら、ここで我々の――」
ここに私とコウカたちを魔泉の中心に送り届けるための作戦が考えられた。とはいってもシンプルなもので、聖教騎士、テムズ軍、冒険者で私の周りを固めながら進軍するというものだ。
しかしだ、それではやはり時間が掛かり過ぎる。
スタンピードの恐れがある場所が1つだとそれでもいいのだが、3つある今回の場合はそう悠長にしてはいられない。
私をできるだけ安全にという彼らの考えは理解できるが、私は少しでも多くの人を助けないといけない。
そのための方法を考えなければならないのだ。
「みんな……多くの人を助けるために少し無理をしてもいいかな?」
私は今考えていることをみんなに話した。
私ひとりでは決められない。私だけではなく、私たちでどうにかしないといけない問題なのだから。
みんなは顔を見合わせていたが、最初に口を開いたのはコウカだった。
「マスターの望むようにしてください」
彼女は強い意志の籠った目でそう言った。
次に呆れた表情のヒバナが口を開く。
「あなたの無茶には結構付き合ってきたけど、今回も相当な無茶よ。でも、今回の無茶はそう悪いものでもないと思うわ」
「うん。いい結果が残せる方法なら、やってみても良いと思う」
ヒバナに続き、シズクも賛同してくれた。
会議の最中も寝ていたノドカは本当に理解しているのか分からなかったが、「いいと~思います~」と言い、ダンゴも「ボクたちで皆を守ろう」と意気込んでいた。
あとはアンヤだけだ。アンヤはチョコレートを1つ口に含むと、口を開いた。
「……アンヤも、同じ」
「ありがとう、みんな……」
よし、私たちのやることは決まった。
私は具体的な作戦案について話し合っている人たちに声を掛けた。
「あの、少しいいですか?」
「ん、どうかしたのかね、アリアケ女史」
「私たちだけを聖教竜騎士団の人たちに運んでもらいたいんです」
多少無理をしても、多くの人を助ける可能性を排除してはいけない。
空から私たちだけを一気に魔泉の中心へと運んでもらい、そのまま上手くいけば、短時間で魔素鎮めを終わらせることができる。
だが案の定、全員が渋い顔をする。
彼らも上手くいけば最大限の結果を示せると分かっているのだろうが、同時にリスクの高い選択であると理解しているのだ。
それでも真摯に訴え続けた。これが多くの人を助ける選択となるのだと。
そうして遂に彼らは渋々ながらも頷いてくれたのだった。
◇
「本当に行くのだな?」
「はい。できるだけ早く終わらせますが、その間にスタンピードが起こらないとも限りません。街の防衛はお願いします」
飛竜の上で下から話しかけてくるツェルデンブルク団長と言葉を交わす。
魔泉の中心に直接赴くことは時間の短縮となると同時に多少なりとも刺激を与えることに繋がって、スタンピードを早めてしまうかもしれない。
その際の街の防衛は軍や冒険者に任せるほかない。
「総員、飛翔!」
飛竜が飛び立ち、次第に街が小さくなっていく。この背中に乗るのは2度目だ。
前は戦場から帰るために。そして今回は戦場へと向かうために。
「本当に無茶をする方ですね、あなたは。でも危険を顧みずに人を助けようとするその御心は尊敬に値します」
「あはは。またお世話になりますね、カーティスさん」
私が乗る飛竜はカーティスさんの竜だ。この子に乗るのも2回目となる。
そして最初に向かう魔泉は山脈になっているなんて、まるであの時と同じではないか。
山脈までは出発した街から飛竜で飛んで30分ほどで到着するとされている。
山脈に着いたら、まずは上空から地上の様子を確認する。可能であれば、降下前に魔物を減らせるようにもしたい。
そうこう考えているうちに最初の目的地に到着した。
1つ目の山を越えながら地上を見る。下の方で魔物たちが蠢いているのが見えるが、ここから確認できるだけでも相当な数だ。
「ん、あれは――しっかりと掴まっていてください!」
「え、はい!」
言われた通りに鞍の取手に掴まると、乗っていた飛竜が急加速した。
いったい何が起こったのか理解できないでいると何か黒い影とすれ違う。嫌な気配を感じた。
――まさか、あれは黒いワイバーン?
半年以上前にラモード王国のスタンピードを迎撃した際、戦った魔物だ。
あの時はたしかコウカが空中戦を仕掛けて倒そうとしたが危うく敗れそうになり、進化したヒバナとシズクによって何とか倒すことができた魔物だった。
みんなのことが心配で首だけを回すことで後方を確認し、愕然とする。
黒いワイバーンは1体ではなく、5体いたのだ。
こちらのほうが数は多い、だがそれでもこちらの戦力が勝っているとは限らない。
ラモード王国の竜騎士は次々と黒いワイバーンに落とされていた。相手はそれほどの脅威なのだ。
どうすればいいかを考えていると、カーティスさんが手で何かのサインを出す。すると部隊全体の動きが変わった。
何のサインか与えられた情報から推測していると、前に座る彼が説明してくれた。
「あなた達を乗せた竜は先行し、残る騎士たちであのワイバーンの相手をします。大丈夫、彼らはあれに負けるほど軟な鍛え方をしていませんよ」
今は彼の言葉を信じるしかないか。残る竜騎士たちの無事を願う。
後ろで風を切る音と共に戦闘の音が遠ざかっていった。その音を置き去りにして、私たちを乗せた飛竜は真っ直ぐ魔泉の中心に向かっていく。
そして私の感覚が魔素の濃度が増していくと同時に嫌な感覚も増していることを察知した。
眼下を見ると予想した通りに魔物たちが全て黒い魔物となって蠢いている。恐らく、魔素の淀みの影響か。
黒の中に血のような赤が混じっている。あれらは私たちに気付き、こちらを見上げているのだ。
思わずゾッとしてしまう。
「黒い……」
カーティスさんがどこか茫然とした様子で呟く。やはりあの状態の魔物は普通ではないのだ。
「嫌な感じがします。気を付けて」
感覚的なことでしか注意を促せないのがもどかしい。私だってあれを見るとどうして違和感を覚えるのか、分かっていないのだ。
どこか落ち着かない感覚の中、少し飛んでいると魔泉の中心らしき場所を通り過ぎた。
「戻ってください。さっきの場所が中心です」
「了解しました」
そう言って、中心付近を空から覗くとやはり酷い。
地上では魑魅魍魎が跋扈し、このまま降りると間違いなく数に押しつぶされる。
それはカーティスさんも見て感じ取ったようで、降りる前に上空から攻撃を加えて数を減らす策を実施する。
「みんなとできるだけ近付けてもらえませんか?」
離れた場所からだと調和の魔力で支援することができない。上空からの攻撃だと魔法が主な攻撃となるので、要であるヒバナとシズクの魔法を強化しておきたい。
そして私の要望通り、飛竜同士が可能な限り接近を始めた時だった。
地上で幾重もの光が瞬いた。
「散開の後、上昇!」
さっきまで飛んでいた場所に黒色が少し混ざった炎や水などが飛んでいった。どうやら地上には魔法が使える魔物までいるらしい。
これでは足を止めるのも、密集するのも難しい。
――いや、方法はある。
「もう一度集まってください!」
「しかし……!」
「ノドカがバリアを張れます! 地上からの攻撃は全部それで防げるはずです!」
テネラディーヴァの恩恵を受けたノドカによる風の結界は、魔素の淀みによって強化された相手の弾幕の中でも揺らぐことはない。
それに動き回るよりも止まった方がノドカも攻撃を防ぎやすくなるはずだ。
空の上でノドカの乗る飛竜を中心に再集結を開始すると、お互いの距離が近付くにつれて上まで到達する魔法が少なくなっている。
風の結界が地上からの魔法を阻んでいるのだ。
ノドカは竜の上だとテネラディーヴァを操りづらいのだろう。
乗っていた飛竜の近くに浮かびながら、風の結界の制御に集中していた。
「シズク、ヒバナ、ここからできるだけ調和の魔力を届けるから! 他のみんなもできる限り地上を攻撃して!」
お互いの声が届くところまで近付くことができたので調和の魔力を操り、シズクとヒバナの魔力を増大させる。
「眷属スキルは?」
「いいよ、使って!」
ヒバナとシズクの眷属スキルは持続して魔法を放てる状況だと無類の効果を発揮する。
ファーガルド大森林で戦った時のように魔素に淀みがある状況では魔法の効果が減衰してしまう恐れがあるが、地上に比べて上空ならその影響も少ない。
本当はノドカの眷属スキルも併用し、周辺の魔素を浄化して攻撃に転用したいところなのだが、私の力では最大2人が同時使用の限界だった。
今後改善する可能性はあるが、ないもの強請りをしても仕方がない。今はヒバナとシズクの2人でスキルを使ってもらう。
私の身体に大きな負担が掛かり、息も苦しくなるが心なしか以前よりも楽になっている気がする。とはいえ、あと1人分のスキルを追加するのはまだ厳しい。
時間と共に早く、そして強大になっていく赤と青のコントラストが爆撃するかの如く地上の魔物たちを飲み込んでいく。
それに続くように、雷と岩塊も地上へと降り注いでいった。
一時はどうなることかと思ったが、これならどうにかなりそうだ。
「これが……精霊様の御力か……」
呆然とした騎士の声が私の耳に届いた。
「――なっ!?」
そして、その直後に今度は別の騎士が驚愕の声を上げる。
位置的にアンヤを後ろに乗せている騎士か。その騎士は頭を振って声を荒げた。
「ほ、北西に敵影あり!」
「何だと!?」
私たちが飛んできた方向とはまた別の方向。そこから飛んでくる何者かの姿が見えた。
近付いてくるにつれ、その姿がしっかりと視認できるようになる。
黒いが、ワイバーンではない。
鳥……いや、あれは――。
「グリフォンだ!」
顔や翼は鷲のようだが、身体はまるで獅子のような魔物だった。
血のように赤い目が私たちを睨み付けている。それに1体じゃない。10体ほどの群れだ。
「シズ!」
「うん!」
地上の魔物に向けて魔法を放っていた2人が標的を新たな敵、グリフォンへと定める。
眷属スキルによって十分に強化された2人の攻撃は確実にグリフォンを捉えた。だが、相手は空中にもかかわらず軽い身のこなしで迂回しながら回避する。
続いて、シズクの眷属スキルによってすぐさま放たれた攻撃はグリフォンの進路を予測したものだ。
しかしそれも敵はまるで壁があるかのように宙を蹴り、急転回することで回避した。
「早すぎっ……!」
「でも、負けられないのよっ!」
その後も生成速度と威力が加速しながら増幅されていく弾幕はグリフォンを狙い続け、回避しきれなくなったグリフォン4体の撃墜に成功する。
だが、まだ6体残っている。
「散開する! 止まっていればいい的だぞ!」
「少し待ってください!」
その間に相手の接近を許してしまっており、迎撃が間に合わないと判断したのだろう。カーティスさんは全員に散開を指示した。
でも、今この場所を離れてしまえばチャンスをふいにしてしまうことになる。
せっかく減らした地上の魔物もまた寄ってきてしまう可能性が高い。
密集隊形をやめて空中のグリフォンを相手にしようにも、戦いの最中は地上からの魔法攻撃に晒されることになるし、私たちが後ろに乗っているせいで竜騎士たちも戦い辛いだろう。
私たちだって同様だ。
高速で飛び回りながらという慣れていない状況で戦闘をこなすのは難しい。調和の魔力も届かなくなる。
それに現在においても、魔法を放とうとするみんなは飛竜に乗っていることによって射角が制限されるせいで、思うように魔法を撃てないでいるのだ。
空からも敵の増援が来る可能性だってあるし、このままここに乗っていても状況は好転しない。
それなら――。
「私たちを降ろしてください!」
「まだ危険です! それに、降下中の隙を狙われる!」
分かっている。それが危険なんだってことくらい。
でもこのタイミングを逃してしまえばきっと、もっと取り返しのつかないことになる。
――そんなことさせない。
そうだ、信じるんだ、私たちの力を。可能性を。
そして選ぼう。最大の結果を示せる選択を。