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翌日、俺はクイーンズホテルのレストランとスイートルームを予約した。
昨夜は帰りが遅くなったし、充兄さんからの電話で咲の帰りも遅いことを聞いていたから、自分のマンションに帰った。
咲に会いたいと思う反面、今彼女の顔を見たら自分の役目を放棄してしまいそうで、会えないとも思う。
つーか……、どこまでやらなきゃいけないんだ?
昨夜の麗花さんの様子では、かなり男慣れしているようだから、スイートルームまで行って『結婚までは』なんて通用しないだろう。だからと言って、まさか情報のために彼女を抱くのは嫌だし、抱いたから情報を得られる確証もない。そもそも、不可能だ。俺の身体が全力で拒否していた。
誰に聞くのが正解か……。
スマホのアドレス帳を眺めていると、着信音が鳴った。充兄さんだ。
「はい」
『よう! 昨日は収穫あったか?』
充兄さんの声がやけに浮かれていて、俺はムッとした。
「それなりにね」
『で、お嬢様のお味は?』
「はっ?」
考えを読まれたようで、焦った俺の声が裏返った。
『お? マジでやっちゃった? 咲には黙っててやるから教えろよ?』
「やってない! てか、充兄さん、最近キャラ変わったよね?」
『最近、人の恋バナが面白くってさぁ。で、何悩んでんだよ?』
充兄さんのにやけ顔が目に浮かんだ。
「別に……」
『いいから、言ってみろ?』
くっそ……。
俺は渋々、充兄さんに昨夜の話をした。
『据え膳喰わぬは何とやらだ。ピロートークで情報聞き出せるかもしれないし、とりあえず有り難くやっとけば?』
「冗談だよな……?」
『ん? マジだよ。咲にバレなきゃいいんじゃん?』
「さすがに……まずいだろ……」
『当たり前でしょ!』
突然、咲の声がして、俺はスマホを落としかけた。
「咲?」
『悩むこと自体、許せないんだけど?』
『おー、こっわ!』
咲の声と充兄さんの声が同時に聞こえる。
まさか……!
「充兄さん!」
『ああ、悪い。スピーカーにしてた』
やっぱり……。
「この、クソ兄貴!」
『はははははっ!』
「笑いごとじゃねぇよ!」
『蒼、お前に鬼の形相を見せてやりたいよ』
『誰が鬼ですか!』
なんだよ……、二人で楽しそうに!
俺だって、咲の顔を見たいよ!
今の俺は、完全に拗ねたガキだ。
『蒼、挿入なきゃセーフだ。そこまでなら、俺が咲を説得しておいてやるよ』
「はっ?」
『はっ?』
俺と咲が同時に声を上げた。
『キスの一つや二つで口を割らせられるならいいさ。けど、ダメならキス以上のご機嫌取りが必要だろ。大体、咲が蒼にお嬢様との見合いを進めるように言ったんだろ?』
『……ダメよ。蒼、後は私が調べるから、もうお嬢様には会わなくていい』
『会わないで』じゃなく『会わなくていい』と言われたことが、引っ掛かった。
それに……。
「俺がお嬢様から情報を引き出せなかったら、宮内に近づく気だろ」
『…………』
無言が、図星だと言っているようなものだった。
「充兄さん、咲を宮内に近づけるなよ」
『わかってる』
『蒼!』
「絶対、城井坂麗花から情報を引き出す!」
俺は決意が揺らぐ前に、〈終了〉ボタンを押した。
*****
咲ならどんなドレスが似合うだろう……。
麗花さんが次から次へと試着している間中、俺は咲に似合うドレスばかり探していた。
「どうでしょう」
「それも素敵ですね」
麗花さんが試着室から出てくる度に、同じ会話を五・六回繰り返し、うんざりした。
彼女が選ぶドレスはどれも胸や背中が大きく開いた、丈の短いものだった。
咲は絶対に着ないだろうな。
だからこそ、着せてみたい。
そんなことを考えて、俺の頭の中では咲がくるくると衣装替えしていた。
「着てみた中で、蒼さんはどれがお好きでした?」
店に来てから二時間、麗花さんが試着室から出てきて聞いた。俺は、彼女が試着した中で一番布の面積が広いドレスを薦めた。麗花さんがサイズ直しを店員と打ち合わせている間に支払いを済ませた俺は、彼女がドレスに合わせたバッグや靴も選んでいたことに呆れた。
クイーンズホテルに移動し、最上階のレストランで一人三万五千円のコース料理を食べた。麗花さんはご満悦で、一本一万八千円の赤ワインを飲み干した。
和泉兄さんが復職したら、請求してやる!
普段、あまり金に細かくはない俺だが、好きでもない女に使う金は惜しかった。
「蒼さんは真面目ですね?」
スイートルームに入ると、麗花さんが言った。
「もっと気楽に考えては? 私と結婚することで、地位もお金も若い女も手に入る」
「酔ってますね」
「ええ……、とてもいい気持ちです」と言って、彼女は靴を脱ぎ、束ねていた髪を解いた。
「あなたは?」
麗花さんが俺の首に腕を伸ばす。
間近で彼女の香水を嗅いで、思わず息を止めた。
「聞くまでもないでしょう?」
俺は麗花さんの腰に手を回し、彼女の求めに応じて唇を差し出した。
レストランを出た時に、ご丁寧にトイレに寄って化粧を直したせいで、口紅のべたつきが半端ない。
気持ち悪い……。
初めて咲とキスした時のことを思い出した。
『今まではキスが気持ち悪かった』と咲が言った時、理解できなかった。特に愛情がなくても、いい女とのキスやセックスは気持ちが良かったし、興奮した。だから、咲に『キスが嫌じゃない程度は、好き』と言われて、自分の立ち位置の低さにショックだった。
けれど、今ならわかる。相手が認識できないほど酔ってでもいなければ、咲以外の女に『気持ちいい』なんて思えない。
目をつぶって、キスの相手を咲だと思うと努めたが、無駄だった。
強引に唇を開かれ、舌を絡み取られ、口の中一杯に赤ワインの味がした。
くそっ——!
ここを出たら、思いっきり咲を抱く!
俺は半ば自暴自棄になって、麗花さんのワンピースのファスナーを下げ、彼女をベッドに押し倒した。
「僕はラッキーだ」
少しでも進行を遅らせようと、俺は話し始めた。
「三男なのに、日本屈指のグループ企業の会長になれる……。そうでしょう?」
深紅のブラジャーの上から胸を撫でると、麗花さんは軽く身を捩った。
「ええ……。そして、私は会長夫人」
「でも、どうやって?」
咲もこんな下着着けてくれないかなぁ……。
こんな時でも、咲のことを考えてしまう自分の執着心が怖くなる。
「今回の城井坂マネジメントとT&Nフィナンシャルの提携は、あくまで足掛かりです。金融庁からの認可が下り次第、父の腹心の部下がT&Nフィナンシャルの社長に就任します」
麗花さんの話に、俺の手がほぼ無意識に彼女のブラジャーのホックを外した。
露わになった彼女の胸は咲より少し大きく、先端が固く、触れられるのを待っていた。俺は仕方なく、触れた。
「あ……」
「それでフィナンシャルは手に入っても、グループ全体とまではいかないでしょう?」
「城井坂の事業拡大に伴い、各部門でT&Nと業務提携を結びます。現時点では、観光事業の立ち上げが進んでいますから、叔父さまの引退で現副社長が社長就任の際には、叔父さまの腹心の部下が副社長に就任する……」
そうやって、じわじわとT&Nを乗っ取っていく算段か……。
「そう……うまくいきますか?」と言いながら、俺は麗花さんの下腹部に指を滑らせた。
彼女の息が浅く、激しくなる。
「だ……い丈夫……。叔父さまがT&Nの株を集めて……」
株?
「株と社内のスキャンダルで、取締役会を掌握すれば……会長の交代が——」
そういうことか!
俺は早く帰りたい一心で、麗花さんの意識がなくなるまで指を動かし続けた。