日付が変わる頃、電話で呼び出されて、私はタクシーで蒼のマンションに向かった。
蒼が城井坂麗花と会っていると思うと、眠れるはずはなかった。
『これは蒼の仕事だろ』
蒼と城井坂麗花の接触をやめさせようとした私に、充さんはそう言った。そして、私が宮内に近づかないよう、今日一日外勤に連れまわした。
『会いたい』と言った蒼の声は、疲れ切っていた。
城井坂麗花と何があったのだろう……。
玄関に入るなり、私は蒼に抱き締められた。シャワーを浴びていたようで、彼の髪は濡れていた。
「蒼?」
私は少し強引に蒼に手を引かれ、寝室に入った。
「蒼、どうしたの?」
私の問いには答えず、蒼は私を抱き寄せてキスをした。甘く、深い、貪るような激しいキス。いつもより長く激しいキスに、私は息をするのもままならなくなってしまった。
「ちょ……、待って……」
酸素を求めて蒼を押し退けた時、彼がいつもより早く固くなっていることに気がついた。
「悪い……。後で話すから、今は黙って相手して——」
そう言うと、蒼は言葉もなく私を抱いた。もっと無理やりにされるような気がしたのに、触れる手はいつもより優しく感じたし、焦っているように見えたのに、私を悦ばせる時間はいつもより長く感じた。
「蒼……」
挿入たいのに挿入ないし、私には触らせようともしない。ひたすら私を可愛がるだけで、誰かと我慢比べでもしてるみたいに、自分の快感を求めようとしない。
「そ……う。もう……」
焦らされて、イかされて、意識がなくなるかと思った頃、ようやく蒼が一言だけ発した。
「ごめん、咲……」
激しく揺さぶられ、快感に身悶えし、私は蒼の『ごめん』の意味に気付かない振りをした。
どうせもう……離れられない——。
蒼が城井坂麗花から手に入れた情報を話し終えた時、陽が昇り始めていた。
「どうする?」
「ん……」
蒼は情報を手に入れた状況については話さなかったし、私も聞かなかった。蒼の様子からして、『キス以上』のことがあったのは確かだろう。
私は嫉妬を蒼に悟られないように、彼の胸に顔をうずめていた。
「金融庁への認可申請は三週間後だ。グループ内にいる広正伯父さんの仲間や、株の動きを探るには時間がないだろう?」
蒼が指に私の髪を絡めて弄る。
「大丈夫。それだけわかっていれば調査対象を絞れるから、三週間も必要ない」
「そうか……」
「ありがとう、蒼」
「ん……」
この情報のために、蒼が無理をしたことはわかっている。そうさせたのは、私だ。蒼が何をしたとしても、私は責められない。
「出社前に着替えに帰るね」
「ああ……」
私は蒼にキスを残して、部屋を出た。
*****
家に帰った私はシャワーを浴びて着替え、朝食を取りながら真に蒼からの情報を伝えた。テーブルの上のスマホは侑と繋がっていた。
『なるほどね』と侑が言った。
「侑、百合さんと手分けして株の流れを調べて」
『了解』
「俺は和泉社長に連絡する」と、真が言った。
「お願い。私は充さんと、内藤社長の仲間が誰なのかを探るわ」
『明日のパーティーはどうするんだ?』
侑がカップをテーブルに置いた音が聞こえた。
「根回しは済んでる。蒼の婚約は発表されないし、フィナンシャルと城井坂マネジメントの提携は破棄される」
『俺は?』
「パーティー後の城井坂の動きをマークして」
『わかった。何かわかったら連絡する』
侑との通話が切れ、私はクロワッサンを頬張った。
「蒼は明日のこと知ってるのか?」
スクランブルエッグを口に運びながら、真が聞いた。
「言ってない」
「また、自分だけ知らされてなかったって、拗ねるぞ?」
「内藤社長と城井坂家に悟られるわけにはいかないから」と言って、私はミニトマトを口に入れた。
「それより、明日の準備は?」
「ああ……、俺の方は問題ない」
「では、予定通り」
私はコーヒーを飲み干して、立ち上がった。
「咲、大丈夫か?」
「何が?」と言いながら、私は食器をキッチンに運ぶ。
「ひどい顔してるぞ」
「寝不足なだけよ」
「そうじゃない。お前、蒼と——」
「わかってる!」
私は感情に任せて食器をシンクに叩きつけた。スクエアの皿の角が欠けてしまった。
「会社の為とはいえ、蒼とあのお嬢様に何かあったと思うと……ムカついて仕方ない!」
溜め込んでいた気持ちを吐き出して、私は自己嫌悪に陥った。
「お前が宮内に近づいてたら、蒼も同じように怒り狂ったんだろうな……」
「わかって……るよ……」
泣くな!
そもそも、蒼にこんなことをさせたのは、私だ——。
私は深呼吸をして、涙を堪えた。
「咲、明日は好きなだけ毒づいていいから、今日は目の前の仕事に集中しろ」
「わかってるよ……」
私はわざと割れた皿の欠片に右手の人差し指を押し付けた。シンクに血が滲んだ。
「蒼の婚約者気分に浸ってられるのも、今日だけよ——」
私は血の滲む指先を舐めた。
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