優しい風が吹き付け、木の葉が舞って。
暖かな光がそこにあふれた瞬間、僕は前世を思い出した。
「――視える」
重そうな石板に手を当てた、黄金色の髪の少年はそういってラピスラズリの瞳を輝かせる。その瞳に虹色の光が映り込んで本物の宝石のように光り輝いていた。夕焼けに染まる黄金色の麦畑を想像させる髪が、ふわりと揺れている。彼――アルフレートは、髪に祝福されるように輝いているようにも見えた。
その光景を、僕は呆然と眺め、周りにいた大人たちが「勇者だ」といった瞬間、記憶が波のようにわっと押し寄せてきたのだ。
僕の綿毛のような白い髪が揺れる。自身のはちみつ色の瞳には、アルフレートとの姿とともに前世の記憶が映し出される。
(『流星の勇者と約束の地』の世界……ここは、人気RPGの世界だ)
世界に災いが訪れると予言された王国――その災いを退けることができる勇者を選定する石板を街から街へ、王国の使者たちが勇者の素質のある人間を探し求めて回る。代々勇者は、貴族の家系から誕生したが、今回は王都中心の貴族に反応がなかったため、田舎まで使者がやってきた。
前代未聞の勇者探し。勇者の選定の石板は、十歳未満の子供が触れると光るようになっている。そして、選ばれた勇者が二十歳になる前に災厄が訪れると予言されている。勇者は、二十歳になるまでに力を身に着け、災厄に対抗するという掟があった。
そんな世界の話……それが『流星の勇者と約束の地』という人気のRPGだった。発売された当初はそこまで変わったつくりでもない、ただのRPGだったのだが、主人公・男と勇者パーティーの男の濃厚なからみがあるとネットに流れてからは爆発的にヒットした。もちろん、一定の層にささったのがヒットの理由だったのだが、後々ゲームの評価は見直された。よくよくみたら、グラフィックもきれいで、物語には破綻がなく、考察のしようもある。セリフも声優のフルボイスで再生され、バトルシーンの迫力がすごい。腐女子だけならず、ヒットしてからは老若男女に好かれるゲームだったのだと。
まあ、そんな”星約”は、やはり支部で調べたら主人公と他キャラの濃厚なBLばかり溢れていて、発売した一年の間にサークルの半分を占めてしまうほど人気になった。僕は、別に興味がなかったが、姉が興味があって家族共有のパソコンで開きっぱなしのときがあって、思わず見てしまった。
(……アル。アルフレート……まさか、自分の幼馴染が勇者だったなんて)
記憶を思い出した今、彼がこの田舎の村に住んでいる誰よりも特別に見えた。僕は、名もなきモブ……名前は、テオフィル。これからのアルフレートの人生には全く関わらない人間。
アルフレートは、この”星約”の主人公で、肩書は勇者。そんな彼はもとは田舎の平民出身だったが、勇者として選ばれてからは、王都に移動し、公爵家の養子となる。それから、鍛錬を積んで仲間を集めて……と、彼の冒険、新たな人生が始まるのだ。
アルフレートは、僕の隣の家に住む幼馴染だった。
周りにいた大人――王国の使者は一斉にアルフレートに膝をついて頭を垂れた。アルフレートは、驚いていたが、七歳とは思えないほど落ち着いてその様子を見ていた。
先ほど選定の義で選ばれなかった僕を含め、この村に住む子供たちはアルフレートにヒーローを見るような視線を送る。
「勇者様、名前は何というのですか」
と、その使者たちのリーダーがスッと前に出てアルフレートに名前を尋ねた。アルフレートは、後ろに控えていた両親をちらりとみたあと「アルフレート」と自分の名前を述べる。聞きなれた名前が勇者・アルフレートというかっこいい名前に変換されるのはとても不思議な気持ちだった。
「いい名前ですね、アルフレート様」
「あ、ありがとうございます」
「して、アルフレート様。貴方様は、世界を救う勇者に選ばれたわけです。我々と一緒に王都へご同行お願いいただけますでしょうか」
「……王都に? みんなは」
アルフレートは、不安げにラピスラズリの瞳を僕たちに向ける。まだ、僕と同じ七歳。いきなり勇者なんて言われて、王都に一緒に来てくれと言われて二言返事でうなずけないだろう。
家族もおいていかなければならないし。もちろん、ここで一緒に暮らした友だちとも離れ離れになる。
僕は未来を知っていたが、今のアルフレートからしたら何が何だかわからない状態で恐ろしいのだろう。
しかし、これは決定事項であった。
アルフレートが混乱しているのを知りつつも、一刻を争うのだと、リーダーの男は「勇者様」とせかす。アルフレートは、まだ呼ばれ慣れない「勇者」の言葉におびえつつも、そのリーダーの男と向き合った。
「一か月……いや、一週間待ってください。俺に、みんなに別れをいう時間をください」
と、アルフレートは臆せずいうのだ。
王国の使者たちは、顔を見合わせたが、リーダーの男が手を上げると皆動かなくなった。
「わかりました。勇者様。では、一週間後にお迎えに上がりますので、それまでに別れの挨拶をすませておいてください。もう、ここには戻ってこれないと、そう思っていただけると幸いです」
「わかり、ました。ありがとうございます」
アルフレートは、”戻ってこれない”という言葉に顔をこわばらせつつも、精一杯のおじぎをしていた。本当に、七歳にしてどうしてこうも成熟しているのだろうかと、自分と比べてしまう。まあ、仕方ない、だって彼は主人公だから。
王国の使者たちは、アルフレートや村の人に挨拶をして馬車で帰っていった。田舎じゃ見慣れない豪勢な馬車にみんな興味を示していたが、どこか不安げで、でも喜ばしいという感情を顔に浮かべていた。
それからは、忙しかった。王国の使者たちが帰ると一斉にアルフレートをみんなが取り囲んだ。まさか、こんな辺境の田舎の村から勇者が誕生するなんて思ってもいなかったからだろう。
アルフレートの両親は、わんわんとないて、彼を抱きしめていた。それは、喜びの涙だったかもしれないし、別れを悲しむ涙だったかもしれない。でも、どちらにせよ、アルフレートの両親は、勇者の両親としてこれから国からの援助、多額の金額をもらって何不自由なく暮らせるだろう。
そうして、アルフレートが勇者に選ばれたことを祝して小さな祭りのようなものが二日間行われた。その間、僕は、一度もアルフレートとしゃべれなかった。だが、みんなが祭りで疲れた三日目を狙って僕は彼の家を訪れた。
「……あ、アル!」
「テオ!」
僕が、玄関口から顔を出すと、ちょっと疲れた様子のアルフレートは顔色を変えて駆け寄ってきた。そして、あいさつ代わりのハグをして、俺の肩に頭をこすりつける。それはアルフレートの癖だった。何でも、僕を抱きしめてこうすると落ち着くのだとか。
「あはは、苦しいって、アル」
「テオを抱きしめてると、落ち着く。いつも、甘いにおいがする。好き」
「へへ。僕も、アルのことすき。甘いにおいがするのは、ね。だって、うちパン屋なんだし。アル、大丈夫? 疲れてない?」
僕の家は、村の中でも珍しいパン屋だった。農業や畜産業を営んでいる人が多い中、僕の家は小麦を育ててパンを作っている珍しい家。収入はトントンだけど、赤字じゃないし、それなりの暮らしをしていた。それでも、人では足りなくて、僕も、家業を手伝っている。
「テオのところのパン、俺も好き」
「ふふ~ん。そうと思って、じゃーん、持ってきたんだ。アルの大好きな、蜂蜜くるみデニッシュ!」
僕は持ってきた小包をアルフレートの前に差し出す。いつもは、茶色い袋に入れて持ってくるのだが、両親が「勇者様に持っていくものならちゃんとしないと」といったので、結婚式の祝いみたいにデコレーションされた袋になってしまった。
「ありがとう。テオ……なんか、いつもと違うね、袋が」
「そぉ、そーなんだよ! でも、中身は一緒だから、ね。ほら、アルは」
アルフレートの顔を見るだけでも、彼がかなり無理していることが分かった。ここ数日で、身の回りのことがいろいろと変わってしまったから。いきなり勇者なんて言われて、それを受け入れろっていわれたのもそうだし、何よりも周りの対応が変わってしまったことが一番だろう。
両親も、友だちも、周りの大人も。みんな、アルフレートを神聖なものとしてあがめるみたいになっちゃって。
僕も普通に接したいのに、親が「勇者様なんだから」といって聞かないから、いつも通りアルフレートに接することができなかった。他の家だってそうだ。
だから、こうして抜け出して、アルフレートの好物をもってきたのだ。
「テオが変わってなくて安心したよ」
「変わってなくてって? いや、かわわらなきゃいけないんだろうけど、なんかまだ実感なくて」
「いいよ、テオはずっとそのままでいて」
と、アルフレートは蜂蜜くるみデニッシュの入った袋を持った僕の手にそっと触れてそういった。ラピスラズリの瞳は、悲し気に揺れていて、僕は言葉を失った。
ゲームの中では、アルフレートの過去はあまり描かれなかった。勇者に選ばれて、故郷から旅立って。それがたった数分、一話にもみたないスピードで過ぎ去っていったから。けど、実際は故郷から離れたくないという子供らしい気持ちもあったんじゃないかと。だって、現に今は七歳の子供なのだから。
僕はアルフレートのことをアルって愛称で呼ぶし、アルフレートは僕のことをテオフィルじゃなくてテオっていう愛称で呼ぶ。家が隣同士、幼馴染同士。なのに、親はアルフレートが勇者だって判明してからその態度をコロッと変えてしまった。まるで、他人みたいに。
昨日まで、仲良く家族同士の会話も、物々交換もしていたのに。夕食にアルフレートを呼んで、時々僕もアルフレートの家に招待されて。そんな生活を送っていたのに。
それがあの一日で、一瞬で変わってしまった。
(でも、きっと君はこれから大きくなって、本当の勇者になって……そしたら、僕のことも忘れるんでしょ?)
僕は、ゲームに登場しないただのモブAだから。幼馴染がいたっていう話も、一行でしか語られなかったし。それも重要なエピソードじゃなかった気がするから。
「うん。僕は僕のままでいるよ。だって、僕はアルの友だちだもん」
ただ、今はそういうことを許してくれないだろうか。残り、四日間、君の幼馴染としていられる時間を僕にくれないだろうか。
そんな願いを込めて、僕はアルフレートと同じ七歳とは思えない作り笑いを顔に浮かべたのだった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!