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前世の記憶が戻って三日目。僕はいろいろなことを思い出していた。
ここが、とくに腐女子に人気な『流星の勇者と約束の地』というRPGの世界ということ。この国がミルヒシュトラッセ王国であり、僕たちが住んでいるのは辺境の田舎の村であること。アルフレートがこのゲームの主人公で、勇者で。これからたくさんの仲間を集めて災厄に立ち向かう歴史に名を遺す人物であるということ。
そして、この村はアルフレートの故郷だという理由で襲撃され、いずれ焼け野原になるということを。
(よくある、主人公の故郷が燃やされるイベント……今考えても、鬼畜だし、これから起こるなんて想像もしたくない)
だからといって、家族全員にこの話をしてこの村から引っ越しなんてできないだろう。うちにそんなお金はないし、何より信じてもらえない。予言者気取りだって変な目で見られるかもしれない。
その故郷燃やされるイベント起きるのは幸い、数十年後なのでそれまでにどうにかすればいいのだが、アルフレートが好きだったここが焼け野原になるのだけは嫌だなとも思った。そして、ということは僕はその襲撃によって死ぬ運命にあるのではないかとも思うのだ。
「やっぱり、外で食べる蜂蜜くるみデニッシュはおいしいね。ね、テオ」
「うん。アルが笑顔になってくれてよかった」
僕たちは、村にある小さな丘の上でさっき持ってきた蜂蜜くるみデニッシュを並んで食べていた。アルフレートは、先ほどよりも表情が和らいでいて、いつもの眩しい太陽みたいな笑顔で蜂蜜くるみデニッシュをほおばっていた。
「アル、口についてるよ?」
「えっ、うそ。テオ、とって、とって!」
「もぉ、仕方ないなあ。ほら、取れた」
アルフレートの口の周りについていたクズをとってぱくりと口に含むと、蜂蜜と香ばしいデニッシュの味が舌に広がる。うん、やっぱりうちのパンは最高だ!
(ずっと、続けばいいのに……)
もっと小さいころから僕たちは頻繁に丘の上に行って、二人で同じものを食べておしゃべりしていた。同い年で、お隣同士。家族仲も良好で、僕たちはよくこうして一緒に遊んでいた。アルフレートは、村の子供の中でもとっても優しくて強くて勇敢だった。昔から、勇者の素質があったんだと思う。そして、みんなに好かれていて、お兄ちゃん的存在だった。村にあまり子供はいない。大きくなると出稼ぎのため王都に行くか、家業を継ぐかの二択を迫られる。反抗期を迎えた子供は、家業を継ぎたくないと王都に出ていくが、王都の暮らしに疲労して戻ってくる人だっている。そうやって、外に出てって帰ってこないので、人口は減っていくばかりだった。
でも、僕はここが好きで、ここでパン屋を継ぎたいと思っていた。アルフレートの家は大工で村の発展に大きく協力していた。
そんなアルフレートの家に、パンを差し入れするのが日課だったし、アルフレートの家も僕たちの家が風で被害を受けたとき直してくれた。助け合いの精神でこの村はなんとかなってきたのだ。
「アルは、王都に行くの嫌なの?」
「いや、じゃないよ。でも、不安だなって。だって、テオやみんなと離れ離れになっちゃうんだよ。それは、いやだよ、俺」
「アル……」
聞かなきゃよかったと思った。けれど、アルフレートが無理をしているのを知っていたから、少しでも、その心の内を知って寄り添ってあげなきゃと思ったのだ。
アルフレートはよく我慢して、自分の中で抱え込んでしまう。優しいから。
僕は、アルフレートの背中を撫でながら「きっと、王都はいいところだよ」と助言をする。けど、アルフレートは首を横に振るばかりだった。大人の前では「必ず、世界を救って見せます」なんて、大人らしい勇者らしいことを言っていた。でも、現実のアルフレートは年相応の男の子なのだ。勇者の大義よりも、目の前の生活を大切にしたい。まだ、未来が見えない子供なのだと。
「テオ、テオはどうなの? 俺が、勇者だと思う?」
「えーっと、石板が光ったから。石板に選ばれたから、勇者なんじゃない? アルには見えてたんでしょ?」
勇者の素質があるかどうか、勇者であるかどうか確かめるための石板。それは、勇者が触れた途端七色の光を放ち、そこに眠っていた精霊たちが勇者を祝福するらしい。だが、その祝福というのは勇者にしか見えず、一般人には、石板が光っているとか、ちょっと風が吹いたかな? 程度しか感じられないのだ。
あのとき、アルフレートは絶対に何か見えていた。僕たちが見えない何かを。
僕がそう聞くと、アルフレートは周りに誰もいないのを確認した後「誰かがしゃべりかけてきたんだ。小さい、妖精さん? みたいなの」と、僕に教えてくれた。
「妖精さん? それって、精霊のこと?」
「たぶん、精霊……なのかな。なんか、キラキラってした粉をかけられた気がする」
「それって、絵本に書いてあった祝福ってやつじゃない!? 勇者だよーっていう証っていうか」
古くに伝承がある。
勇者は、多くの精霊に祝福される存在であると。そして、その精霊が勇者を助ける加護を授けると。
ゲームの中では、ストーリーが進むことに加護が増えていき、敵を倒しやすくなる。まあ、一方で敵も強くなるので、加護を持っていても、ただ持っているだけじゃどうにもならない時がある。加護を組み合わせて、相性のいい攻撃を仕掛ける……とか、そういうやつ。
一般人にはこれが見えないので、精霊の姿とか、どんな加護が付与されているかもわからない。アルフレートのみぞ知るという感じだ。
「みんなの役に立てるってこと?」
「きっとそうだよ。だって、アルは勇者なんだもん。友だちとして誇らしいよ」
「友だちじゃない。親友だよ。テオは」
アルフレートはぷくぅと頬を膨らまして、訂正した。
ゲームでは少年と青年の間の姿で描かれているので、こんなにも丸くて大きなラピスラズリの瞳を見ることはなかった。その目いっぱいに僕が映っている。
親友か……と、優しい言葉に胸がときめきながらも、アルフレートがこの先親友と呼べる、もしくは相棒、半身とも呼べる存在に出会えることを知っている僕は複雑だった。
「そうだね、親友。幼馴染!」
「そう。テオ、覚えておいてね。忘れちゃだめだからね」
と、アルフレートは怒るようにそういって口まわりをごしごしと手で拭った。
僕も最後の一切れを食べ終えて、持ってきた牛乳を飲む。今はアルフレートと同じくらいの背だけど、アルフレートはこれからもっと大きくなるしな、と頭に思い浮かべる。そのとき、並んでも大差ないくらいは大きくなりたい。今から牛乳を一杯飲もう、と僕は一人で心に誓う。
そんなふうに二人で見つめあっていれば、ビュウゥと風が強く吹き付けた。アルフレートの黄金色の髪がパタパタとはためく。それはまるで、金を散らしたようにも見えてかっこよかった。
「テオ、頭に葉っぱついてるよ?」
「え! 今の風で飛んできたやつかも。えっと……」
「じーっとしてて。俺がとるから」
「あ、アル」
ひょいと手を伸ばすアルフレート。その動作が紳士的で、胸がトクンとときめいてしまう。アルフレートは男女問わずたらしてしまう、天然たらし男だったと、ゲームには書かれていた気がする。みんな、アルフレートを好きになってしまうのだから。
僕も、記憶を思い出してからは、アルフレートがますますかっこよく見えた。元から何でもできて、かっこいい幼馴染と思っていたけれど、勇者という肩書に、主人公だとわかってからさらにかっこよく見えて仕方ないのだ。もうすでに、彼の魅了にかかってしまったみたいで。
「とれた」
「ありがとう。アル。優しいね。でも、こういうの女の子にやってあげたほうが、喜ぶんだよ!」
「別に、誰だっていいじゃないか。それに、テオのことは特別扱いしたいんだ」
「え、何で。何で?」
いきなり、特別とか言い出すから、また口から心臓が飛び出そうだった。何でまたそんな人を侍らせるようなことをいうのだろうか。
六歳でこの無自覚人たらしとは、将来が不安で仕方がない。アルフレートを取り合う戦争が起きるかもしれない。
僕がしょうもないことを考えていると、アルフレートは、ぎゅっと僕の手を両手で包み込んだ。今度は何だと、身体を震わせれば、そこにはあのラピスラズリの瞳がある。僕のはちみつ色の瞳をじっと見つめて、真剣な顔で。
「ど、どうしたの。アル」
「テオはね。俺にとって特別な存在なんだ。生まれたときからずっと一緒にいるし、家も隣だし。それに、今だって俺のことを特別扱いしないでしょ?」
「だって、アルは……勇者になっても、アルは僕の親友で、幼馴染、なんでしょ」
「そう、だよ」
「でも、アルは僕のこと特別扱いするの? 自分は、特別扱いされたくないのに?」
と、僕が聞き返せば、アルフレートは少し困ったような顔をした。
多分、特別扱い、というのは今アルフレートが受けている扱いとは違うのだろう。でも、言葉は一緒だとアルフレートも気付いたらしく、どう説明すればいいのかわからない様子だった。
それでも、自分なりの答えを見つけたように、アルフレートは僕の手を掴む手にぎゅっと力を込めた。
「特別。これからも、俺の中の特別はテオであってほしい。その枠を、絶対に、絶対に誰かに譲ることはないから。だって、君だけが俺を、ちゃんと俺として扱ってくれるでしょ。これからも、ずっと」
「う、うん。そうだね。なんか、アル……あはは、そんなに、大事にされてると思ってなかった」
「もう、テオ。俺は真剣に言ってるんだよ」
「だって、アルがいきなりそんなこと言うんだもん。でも、そうだね。王都に行っても手紙書くから。アル、寂しがり屋だもんね」
なんで、いきなりそんなことを言い出したのかわからなかった。まるで、プロポーズみたいな言葉。でも、それもゲームのどこかで聞いたことがある言葉な気がするのだ。ということは、アルフレートの口癖なのだろうか。
(寂しいのは、僕も一緒だけど)
もう会えないんだよ、僕たち、とはとても口が裂けても言えなかった。
かわりに、そんなふうに人に好意を持たせること言って将来、刺されないといいな……と思いながらも、まっすぐな幼馴染の言葉に僕は胸を打たれていた。
僕にとっても彼はいろんな意味で特別な存在なんだと思う。それを証明するように、彼に握られた手がちょっと熱くなっていた。鼓動も早くて、自分じゃどうにかできなかった。
どうしようもないくらい、太陽みたいな君が好きだなって、このとき思ってしまった。
恥ずかしいけど、きっとこれを初恋というのだろうと、まだ恋の感情が不確かな六歳に、僕は幼馴染に恋をしたのだ。
――これからも、きっというつもりはないけど。
丘の上に吹き付ける風は、僕たちを包むように優しくひゅぅうんと鳴いたのだった。