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人が持つ想いの力
その想いが強すぎる時、それは「形」を持って世の中に蔓延る。
足元を陽炎が揺らぐその日、俺は仕事に向かう。
といってもファミレスのアルバイトなんだが。
スタッフルームのドアを開け着替えをすます。俺は基本的にオーダー係だ。
今日は休日、当然ながらいつもより客が多い、忙しくなりそうだな…。
その時新たな客が入ってくる。
「いらっしゃいま…」
思考が一瞬停止した。長いボサボサの髪に汚れた白いワンピース。極めつけには切り傷やアザが大量についたその右腕。
僅かに漂う鉄の匂い。
その女は案内を行う前に中央の席に腰をかける。
(いくら不気味でも相手はお客だ、取り敢えず水を…)
そこで俺はある違和感に気づいた。
(何故だ…?何故誰もあの女に注目しないんだ…?)
ピンポーン
「あっ」
(どうする…?今は俺とA、Bの3人しか手が空いてない…。取り敢えず…。)
「A、中央のお客に水とお手拭きを。」
『え?あ、はい…?』
瞬間、俺はAから怪訝そうな目を向けられる。
(なんだ…?)
俺はその目に一瞬イラッとしたものの、とりあえず言いつけてオーダーに手をつけた。
俺は伝票メモを持っていき、Aの様子を伺う。
Aは辺りを見渡して先程の位置から動こうとしない。
(何しているんだ…?)
苛立ちを覚えながらも同じように視界を左右に動かす。
(…あの女がいない?)
あの不気味な客が店に居ないのだ。
普通ならトイレにでも向かったのだろうと片付けたがどうも納得がいかない、なぜなら俺がオーダーを行ったのはトイレのすぐ近くの席だからだ。
(帰った…?ベルの音は聞こえなかった…。)
『○○さん…?』
ビクッ
その時Aが話しかけてきた。
「な…どうした?」
『あの…中央の席ってさっき伝票渡しましたよ…?』
「馬鹿、そっちじゃない。俺が言ったのはワンピースを着た変な女の人だよ…。」
人が少ないとはいえお客を変な女呼ばわりは良くない。少し声を忍ばせながら説明する。
だがその返答は相変わらず怪訝そうな目だった。
『ワンピース…?そんな人いました…?』
「は…?いただろ、今はいないけど…。」
『…。』
「…。」
[あの〜…?]
『あっ、すみません!』
ハッとしてAが窓側の席へ向かう、どうやら注文があったらしい。
(クソ…仕事に集中しろ、俺。)
結局その後その席には4人家族の別のお客が座り、その日の出勤が終わった。