Side 大我
教室のドアを前にすると、心臓がバクバクと鼓動を速くする。苦しくなりそうで、深呼吸をした。
まだ中には数人しかいない。俺は無言で席に着いた。
やがて生徒がどんどん教室に入ってくるが、久しぶりに学校に来たクラスメイトのことなんか気にもしないようで、それぞれの友達と歓談している。
本を開きながら、隣の席を見やる。
田中、と言った彼はまだ来ていない。来ないかもしれないな、と思っていると始業時刻ギリギリにやってきた。
俺を認識すると、少し驚いた顔をして「よっ」と挨拶してきた。
でも俺は何て返したらいいかわからず、「おはよう」と言う。
田中くんは明るい笑顔を俺に向けて、席に着いた。
そう、当たり前かのように。
「今日は大丈夫か」とか訊かれるかな、と思ったがごく自然に笑いかけてくれたことがどこか嬉しかった。
授業が始まると、早々に隣の田中くんは机に突っ伏して寝てしまった。
もしかしたら体調が悪いのかもしれない。でも顔色を見る限り、そういう感じはしない。
俺はしっかり授業を聞いていたが、結局彼が起きたのは休み時間に入ってからだった。
「あ…次の授業なに?」
俺に訊いてくる。
「えっと、体育かな」
言っている間に、クラスのみんなはバッグを持って教室を出ていく。体育館かグラウンドに行くのだろう。
「じゃあさ、一緒にサボらね?」
「え」
「だって俺どうせできないもん。保健室行くのもちょっと飽きてきたし、屋上行こうよ」
彼はあっけらかんとしている。
「…田中くんの友達は、このこと知ってるの?」
「このことって?」
「…保健室行ってる理由とか」
いや、と首を振った。
「担任の先生以外は言ってない。まあでも察されてるとは思うけど」
そっか、とつぶやく。
彼にも自分の詳しいことは言っていないが、気づいてはいるだろう。
「ほら、行こ。2人で語り合おうぜ」
振り返って笑った。
「ねえ、ほんとに行って大丈夫? 怒られない?」
屋上へと続く階段は暗くて、あまり人が通る気配はない。
「まあ一応禁止されてるらしいけど、けっこうみんな行ってるよ」
みんな、というのは恐らく田中くんの仲間みたいな人たちだろうという想像は隠しておく。
「だって京本もたぶん運動制限されてるだろ? ならサボっても変わんないって」
確かに、と返す。実際、こんな悪そうなことも少しだけわくわくしている。
古びたドアを開けると、頭上には晴れた空が広がる。
「ピクニック日和だ」
見た目に反して平和的な感想を述べる彼のあとに続き、足を踏み入れる。俺ら以外誰もいない。
フェンスの下に並んで腰掛けた。
「俺…先月、肥大型心筋症って診断されてさ」
田中くんは切り出した。
「最近体の調子悪いなって思ってたらまさかの病気で。部活のバスケもできねーし、もう終わったって思ってた。でも京本が保健室に行ってて…」
ちょうど出会ったわけだ、と相槌を打つ。
「……先生から聞いたよ、なんか先天性の疾患なんだってな」
だから、運動制限のこともわかっていたんだ。
ほかの人に言われたら今まで嫌気がさしていたけど、彼なら自然に受け入れられた。
「うん。エプスタイン病っていうやつ。生まれつき心臓の弁の形がちょっと違うらしくてさ、手術も何回かしたんだけど…普通にはなれなかった。この間もちょっとこじらせて入院してた」
そうか、と小さく笑ってくれた。
これまではこういう話を他人にしたら、同情だの励ましだのを言われたけど、彼はそうしてうなずいただけだった。
俺にはそれでもう十分だ。
「なあ京本」
呼ばれて、俺は彼を見返す。
「そばにいてもいいかな。わかる気がするんだよ」
「もちろん」
笑ってうなずいた。
彼はそう、病院の外で初めてできた盟友だった。
続く
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